第26話:呼吸の戦場
城の北側経路が塞がれていた。
皇帝の命令が先に届いていた。三箇所の通路全てに魔術師と兵士が配置されていた。
「別の経路を探す時間はない」スーケリーが言った。
「正面から行く」カールは答えた。
「三人で」
「三人で」ゲンツが頷いた。
ゲンツが、カールが持っている小型酸素制御装置を確認した。まだ稼働していた。効果範囲は半径五十メートル。装置を持って動けば、効果範囲も移動する。
「装置を持ちながら戦うのか」ゲンツが言った。
「持ちながら動く。装置の効果範囲の中では、炎系の魔術が弱まる。そこを利用する」
「炎以外の魔術は」
「弱まらない。しかし炎以外の魔術は詠唱が長い。詠唱を完成させる前に近づく」
「これまで通りだ」
三人は、互いを見、そして、頷いた。
最初の経路に入った。
魔術師が五人、兵士が十人いた。
「来たぞ」と兵士が叫んだ。
詠唱が始まった。炎属性の魔術師が三人、前に出た。詠唱が完成した。炎が生まれた。
しかし炎は小さかった。
酸素制御装置の効果範囲に入っていた。燃焼条件が崩れていた。
「なぜだ」魔術師が叫んだ。
カールは前に進んだ。スーケリーが後方で装置を構えた。炎以外の属性の魔術師を狙った。音とともに風属性の魔術師が詠唱を始めた直後に倒れた。ゲンツの電撃装置が作動した。兵士の二人が倒れた。
カールは懐から薬品を取り出した。
残りの炎属性の魔術師の一人に投げた。刺激性の薬品だった。魔術師が詠唱を止めて顔を押さえた。詠唱が中断した。
兵士が剣を抜いて突撃した。
スーケリーが装置を向けた。
「動くな。この針にやられたくなければ」
その迫力に兵士が止まった。
「通る」カールは言った。
残りの兵士が道を空けた。全員ではなかった。しかし半分が道を空けた。残り半分はまだ剣を持っていた。
ゲンツが電撃装置で対応した。剣を構えた兵士たちは倒れた。
カールは煙の中を進んだ。
経路を抜けた。
二つ目の経路は狭かった。
廊下だった。城の内部の廊下。幅は二人が並んで歩ける程度だった。
魔術師が六人、廊下を塞いでいた。
狭い廊下では装置が使えない。スーケリーが装置を構えても、射線が通らなければ使えない。ゲンツの電撃装置は廊下全体に電流が走るリスクがある。自分たちも巻き込まれる。
「むう」ゲンツの口から声が漏れた。
「迂回できるか」スーケリーが言った。
カールは廊下の構造を見た。城の増築で生まれた古い通路が脇にあることを、以前の調査で把握していた。
「迂回する」カールは告げた。
「ただし出口が塞がれているかもしれない」
「賭けか」ゲンツが言った。
「そうだ」カールが答えた。
迂回した。
古い通路は塞がれていなかった。忘れられていた通路だった。廊下の六人の魔術師の後方に出た。
背後から来たことで、魔術師たちが混乱した。
混乱していた間に、ゲンツの電撃装置が作動した。スーケリーが後方から装置を使った。炎属性の魔術師の詠唱は間に合わなかった。
六人を制圧したのは、三分程度だった。
玉座の間に続く最後の廊下に来た時、空気が変わっていた。
変化は酸素制御装置のせいだけではなかった。
空全体の光が、また揺れていた。エレンの魔術が不安定なままだった。その影響が城の内部にも及んでいた。魔力の流れが乱れていた。魔術師たちの詠唱が全体的に不安定になっていた。
しかも、酸素も薄かった。
酸素制御装置を稼働させ続けた結果、周囲の酸素濃度が下がっていた。炎系の魔術だけでなく、呼吸にも影響が出始めていた。
「息が重い」ゲンツが言った。怪我のせいか、顔色が悪い。
「装置の影響だ」カールは口を開いた。呼吸が荒かった。
「必要な範囲は保っているが、限界に近い」
「装置を止めるか」
「最後の間だけ持てばいい」カールはゲンツに告げた。
廊下の先に人影があった。
一人だった。
魔術師だった。ローブが違った。これまでの帝国軍の魔術師のローブとは紋章が違った。属性の紋章がなかった。無紋のローブだった。
沈黙の魔術師と同じ種類だったが、違う人間だった。
「最後の一人か」カールは問うた。
「そうだ」魔術師が答えた。男の声だった。五十代に見えた。「皇帝直属の守護者を拝命している。ここより先には通さない」
「退けるか」
「退かない」
詠唱が始まった。
長い詠唱だった。複数の属性を組み合わせた複合魔術だった。完成すれば強力だった。
しかし、肝心の酸素が薄かった。
炎属性の部分が不安定になった。複合魔術は一部が崩れれば全体が崩れる。詠唱が途中で止まった。
魔術師が驚いた。
「なぜだ、詠唱は完璧なのに」
「空気が足りない」カールは言った。「炎が燃えない環境では、炎を含む複合魔術も完成しない。知らなかったのか」
「そんな環境など、あるわけがない」魔術師は言った。正直な声だった。驚愕していた。
「剣はあるか」カールは魔術師に聞いた。
「ある」
「使え。魔術が使えないなら、剣で来い」
魔術師が腰の剣を抜いた。それは実務よりも宝飾過多だったが、殺傷能力は十分にあるものだった。
カールは剣を持っていなかった。
「お前は素手で来たのか」魔術師が嘲笑った。しかし完全には嗤えていなかった。素手の人間に、ここまで来られた事実があった。
「ああ」カールは答えた。
魔術師が剣を構え踏み込んだ。
カールは横に動いた。剣をかわした。懐から試薬の小瓶を取り出した。強アルカリ性の試薬だった。
魔術師の顔に向けて投げた。
瓶が割れた。液体が飛んだ。
魔術師が叫んだ。痛みの声だった。手から剣が落ちた。顔を押さえた。目に入ると危険な薬品だった。
カールは魔術師の横を通った。
「これも化学だ」
カールの声は、魔術師には届いていなかった。魔術師は床に崩れおれ、ただただ呻くだけだった。
玉座の間の扉の前に来た。
カールの背後には、スーケリーとゲンツがいた。
「ここから先は一人で行く」カールは二人に言った。
「なぜだ」ゲンツが問いかけた。
「皇帝との話だ。三人で行く必要はない」
「三人で行く方が安全だ」
「三人で行けば、皇帝が人質を取る可能性がある。一人なら、人質が一人しかいない」
「お前が人質になる可能性がある」
「なる前に終わらせる」
ゲンツとスーケリーが顔を見合わせた。
「ここで待つ」スーケリーが言った。
「問題が起きれば入る」
「頼む」カールは微笑んだ。
カールは扉に手をかけた。
重かった。石造りの大きな扉だった。押した。動いた。
玉座の間は広かった。
天井が高かった。石柱が並んでいた。奥に玉座があった。
玉座に皇帝が座っていた。
護衛が両脇に二人いた。魔術師だった。
「来たか」皇帝は言った。
「来た」カールは言った。
扉を閉めた。
玉座まで歩いた。十メートルの距離だった。
護衛が動いた。詠唱を始めた。炎の詠唱だった。しかし炎は弱かった。酸素が薄かった。廊下の魔術師と同じ状況だった。複合魔術は使えない状態だった。
カールは発煙筒を投げた。煙の中で護衛が視界を失った。煙の中でも薬品は機能した。護衛二人が動けなくなった。
煙が薄れた。
玉座の前に立った。
カールと皇帝が向き合った。
「ここまで来た、か」皇帝は言った。
「来た」カールは言った。
「玉座まであと一歩だな」
「そうだな」
その言葉を聞き、皇帝は玉座から立ち上がった。




