第25話:最後の壁
城の北側経路は塞がれていた。
予測していた。予測していたから、北側に見せかけて西側の古い搬入口から入った。以前確認した城内の地図が頭に入っていた。使われていない経路は、警備の対象から外れやすい。
城内に入った。
廊下を進んだ。
衛兵と三度遭遇した。煙と薬品で対処した。魔術師と一度遭遇した。スーケリーが結界を貫いた。
玉座の間への廊下が見えてきた時、前方が光った。
魔術の光だった。通常の魔術ではなかった。密度が違った。色が違った。帝都上空のエレンの魔術と同じ種類の光だったが、さらに純度が高かった。
「魔導核だ」ゲンツが言った。
廊下の先、玉座の間の手前に、魔術師の列が並んでいた。十二人だった。全員が同じローブを着ていた。皇帝直属の魔術師団だった。各属性の最上位魔術師が一人ずつ選ばれて構成された、帝国最強を謳う精鋭だった。
その背後に、光る装置があった。
台座の上に据え付けられた球体だった。直径一メートルほど。表面が脈動するように光っていた。魔力が凝縮されて安定している状態ではなかった。脈動の間隔が不規則だった。エレンの加護が不安定なため、魔導核も不安定になっていた。
しかし不安定でも、出力は上がっていた。
魔術師団の魔術が、通常より強化されていた。魔導核が周囲の魔術師の力を増幅させていた。
カールは懐の薬品を確認した。
「試す」と言って、発煙筒を投げた。
煙が広がった。ゲンツの電撃装置が作動した。
煙の中から炎が来た。通常の炎ではなかった。壁を焦がし、石を溶かした。カールたちは後退した。炎が追ってきた。速かった。
「効かない」ゲンツが言った。「化学兵器が通用しない。魔導核が出力を上げている」
もう一度発煙筒を投げた。煙の中にゲンツの電撃装置を展開した。電撃が走った。しかし魔術師の障壁に弾かれた。障壁が魔導核で強化されていた。
スーケリーが装置を構えた。発射した。
鉛の針が飛んだ。
通常なら結界を貫通する速度だった。しかし強化された障壁に当たり、弾かれた。初めて弾かれた。
「弾かれた」スーケリーが言った。
「分かっている」
カールは考えた。
魔導核が魔術師を強化している。強化された障壁はスーケリーの装置でも貫けない。化学兵器は出力の上がった炎魔術に対応できない。通常の手段が全て機能しない。
問題は魔導核の出力だった。
魔導核の出力を下げれば、魔術師団の強化も弱まる。しかし魔導核に近づくためには魔術師団を突破しなければならない。突破するためには魔術師団の強化を弱めなければならない。
循環していた。
「酸素制御装置は」スーケリーが言った。
「ここで使えば魔術師だけでなく、俺たちも影響を受ける。密閉空間だ。効果が高すぎて呼吸できなくなる可能性がある」
「他に方法は」
カールは廊下を見た。
狭い廊下だった。魔術師が一列に並んでいた。十二人を同時に相手にしていた。しかし密集しているということは、別の意味もある。
「ゲンツ」カールは言った。「電磁誘導装置の充電は」
「七割だ。完全充電ではない」
「七割で打てるか」
「打てる。ただし威力が落ちる。飛行艇を落とした時より速度が落ちる。障壁を貫けるかどうか」
「試す価値がある。廊下の壁を狙え。壁を抜いて、魔術師の側面から当てる。障壁の正面は強化されているが、側面と後方は」
「分からない」
「試す」
ゲンツが電磁誘導装置を展開した。充電が七割の状態だった。廊下の壁に向けた。
発射した。
轟音が響いた。
廊下の石壁に穴が開いた。鉄塊が壁を抜けた。抜けた先に魔術師がいた。
障壁の側面から当たった。
弾かれなかった。
魔術師の一人が倒れた。
「側面は弱い」ゲンツが告げた。
しかしその瞬間、魔術師団が反応した。
炎と雷が同時に来た。
ゲンツが電磁誘導装置を抱えたまま、炎の直撃を受けた。
装置が盾になった。ゲンツは装置に守られたが、爆風で吹き飛んだ。廊下の壁に叩きつけられた。
「ゲンツ!」スーケリーが叫んだ。
ゲンツは動いていた。完全には倒れていなかった。しかし立ち上がれなかった。左腕が動いていなかった。骨が折れている可能性があった。
「装置は」カールが言った。
「使えない」ゲンツは言った。声が苦しそうだった。「損傷した。今は、もう打てない」
魔術師団が前進してきた。
カールとスーケリーが対峙した。しかし二人で十一人の強化された魔術師団に対応することは難しかった。煙と薬品を使ったが、炎が全てを払った。
後退した。
廊下の角を曲がった。
「どうする」スーケリーが言った。
カールは廊下の先を見た。
別の経路があった。城内の地図を思い出した。玉座の間への別のルートだった。直接のルートではなかった。回り込む形になる。しかしある。
「ゲンツは動けるか」
「動く」ゲンツが言った。壁に手をついて立ち上がろうとしていた。立ち上がれた。左腕は動かなかったが、足は動いた。
「行け」
「無理だ。お前を置いては行けない」カールがゲンツに告げた。
「行けと言っている」ゲンツは言った。「俺がここで時間を稼ぐ。電磁誘導装置は打てないが、電撃装置は動く。十分か十五分は稼げる」
「十分あれば十分だ」スーケリーが言った。カールを見た。「カールは皇帝を。ゲンツは私が守る」
「お前も一緒に来い」カールは言った。
「ゲンツを一人にはできない。魔術師団が来れば終わる。私が残る」
「スーケリー」
「行け」スーケリーは言った。「皇帝を倒してこい」
カールは二人を見た。
ゲンツが壁に背をつけて立っていた。左腕を押さえていた。電撃装置を右手に持っていた。
スーケリーが装置を構えていた。廊下の方向を向いていた。
二人とも、カールを見ていなかった。前を見ていた。
「すぐに済ませてくる」カールは言った。
それだけ言った。
踵を返した。
別のルートに向かって走った。
玉座の間の手前、別の廊下。
魔術師団長ライヴェンは報告を受けていた。
「爆炎師が迂回しているようです。別のルートから玉座へ向かっている」
ライヴェンは廊下の奥を見た。
「単騎で来るか」と言った。
「他の二人は留まっているようです。爆炎師だけが動いています」
ライヴェンは少し考えた。
「好都合だ」と言った。「単騎なら囲める。玉座の間の前で迎え撃つ。ここで終わらせる」
部下が配置についた。
ライヴェンは廊下の先を見た。
爆炎師が来る。
魔導核の力で強化された魔術師団が待っている。単騎の人間に、打てる手があるか。
ライヴェンは五十年の経験から考えた。
これまでカールが使ってきた手段は全て、事前の準備と設計に基づいていた。準備がなければ機能しない。単騎で、城内で、魔導核の強化を受けた魔術師団と対峙した時、何が残るか。
薬品と知識だけが残る。
それで何ができるか。
ライヴェンには分からなかった。
分からないことが、今夜最も危険なことだと、五十年の経験が告げていた。




