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理(ことわり)を焼く爆炎師~五元素の加護なき男、物理法則を武器にして魔導帝国へ復讐する~  作者: いわん


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第23話:神殺し宣言

 神官長を始末した翌日、帝国は動いた。

 これまでと規模が違った。

 帝都の主要な広場と街路に、魔術師が展開された。数百人という報告がゲンツの情報網から入った。帝国が保有する魔術師のほぼ全員だった。一箇所に集中させるのではなく、帝都全体に網を張るように配置した。

「逃げ場を塞ぐつもりだ」とゲンツが言った。

「そうだろう」カールは答えた。「どこに動いても魔術師に当たる。移動するたびに消耗させる作戦だ」

「対処法は」ゲンツが問いかけた。

「網の目を大きくさせる」

「どうやって」スーケリーが問う。

「一箇所に集める。全員がそこに来れば、他の場所が空く。空いた場所で動ける」

「集める場所は」

「中央広場だ」

 スーケリーが言った。「自分から囲まれに行くということか」

「そうだ。ただし囲まれた後に何をするかが問題だ。準備がある」

 カールはゲンツを見た。

「例の装置の準備は」

「できている」とゲンツは答えた。「三日かかったが、完成した」


 その装置の開発はカールが理論を設計し、ゲンツが製造した。

 原理は酸素濃度の制御だった。

 燃焼には酸素が必要だ。空気中の酸素濃度が下がれば、燃焼は不安定になる。十分に下がれば、火は消える。

 帝国の炎属性の魔術は、魔力を使って燃焼を起こす。しかし燃焼の物理的な条件は魔術といえど変えられない。燃料と熱があっても、酸素がなければ火は燃えない。

「魔術の炎も、物理現象としての燃焼に依存している」カールは言った。「依存している部分を崩せば、魔術も機能しなくなる」

「酸素を全部なくせば魔術師も窒息する」ゲンツが指摘した。

「そこまでにはしないのか」

「全部はなくさない。人間が呼吸できる程度は残す。しかし燃焼が安定しない程度には下げる。人間の呼吸に必要な酸素量と、火が安定して燃えるために必要な酸素量は違う。その差を使う」

「どのくらいの差がある」

「通常の空気中の酸素濃度は約二十一パーセントだ。人間が意識を失い始めるのは十四パーセント以下だ。炎が不安定になり始めるのは十七パーセント以下だ。この間、三パーセントの幅がある。そこに絞る」

「三パーセントの幅で魔術を止められるか」

「完全には止まらない。しかし弱まる。弱まれば戦況が変わる」

 その装置は大型だった。運搬には協力者が必要だった。中央広場の周囲に複数台設置する必要があった。事前に設置しておかなければならない。

 それには時間と人手が要った。

 協力者の加護なき者たちが動いた。夜間に分散して運び込んだ。中央広場の周囲の建物の中に、分解した装置を持ち込んだ。


 中央広場に姿を見せたのは昼前だった。

 三人で広場の中央に立った。

 魔術師たちが来た。

 一人来た。十人来た。百人来た。広場の周囲が埋まっていった。どこから来たのか分からなかった。路地から、建物の影から、屋根の上から。帝都の魔術師が中央広場に集まってきた。

 包囲が完成した。

「数百人か」スーケリーが魔術師たちを見た。

「数えていない」カールは答えた。

 広場の外縁部に立つ魔術師の一人が前に出た。四十代の男だった。風属性の加護を持つ上位魔術師だと、ローブの紋章で分かった。

「観念しろ」先頭にいる魔術師の男が言った。「包囲されている。逃げ場はない。降伏すれば命は保証する」

 カールは懐から試験管を取り出した。

 中に何も入っていない試験管だった。

 広場に向かって掲げた。

「何をしている」男が問いかけた。

「魔法は神ではない」カールは言った。広場全体に届く声で宣言した。「ただの現象だ」

「何の意味がある」

「見せる」

 カールは右手を上げた。

 合図だった。

 周囲の建物の中で、ゲンツの協力者たちが装置を起動した。

 音はなかった。目に見えるものもなかった。ただ、中央広場の空気の組成が変わり始めた。酸素を選択的に吸収する化学物質が、建物の窓から静かに広場に流れ込んだ。拡散した。広場全体に広がっていった。

 変化は緩やかだった。

 魔術師たちは気づかなかった。

「降伏の意思はないのか」男が再び言った。

「ない」カールは答えた。

「では始める」男は言った。

 詠唱が始まった。数百人の魔術師が同時に詠唱を始めた。炎属性、風属性、水属性、雷属性。様々な属性の魔術が準備された。

 詠唱後、最初の炎が生まれた。

 小さかった。

 通常の炎属性の魔術が生む炎より、明らかに小さかった。詠唱した魔術師が眉をひそめた。もう一度詠唱した。炎が出た。しかしやはり小さかった。不安定に揺れた。

「なぜだ」魔術師の口から戸惑いの声が漏れた。

 隣の魔術師が詠唱した。同じだった。炎が弱かった。

「詠唱は完璧なのに」と別の声が言った。「なぜ炎が」

 カールは言った。

「空気が足りなければ火は燃えない」

 広場に向かって言った。包囲している魔術師たち全員に向けて言った。それは「宣言」だった。

「魔法も例外じゃなかった」

 炎属性の魔術師たちが再度詠唱した。炎は出た。しかし力が弱かった。遠くまで届かなかった。温度が上がらなかった。

「どういうことだ」複数の声が上がった。

「空気の中の燃えるもとが薄くなっている」カールは続けた。「炎が燃えるには、空気の中の特定の成分が必要だ。その成分を薄くした。詠唱が正確でも、燃焼の条件が揃わなければ、炎は弱くなる。それだけのことだ」

「そんなことが」魔術師の誰かが言った。

「できる。今起きている」カールは告げた。その声は無情だった。

 雷属性と風属性の魔術師が動いた。炎とは関係ない魔術だった。しかし、その数は少なかった。

 ゲンツが屋根の上から電撃装置を使った。スーケリーが装置を構えた。音とともに、風属性の魔術師が倒れた。

「撤収する」カールは告げた。

「今か」ゲンツが言った。

「今だ。装置の効果は三十分は続く。その間に城に向かう」

 三人は広場の隙間を走った。

 炎系の魔術師たちは弱まった炎では三人を止められなかった。他の属性の魔術師が追ってきたが、煙と電気で阻まれた。

 広場を抜けた。

 城の方向に走った。


 帝国城内に報告が届いたのは昼過ぎだった。

 皇帝の側近が執務室に入ってきた。

「中央広場で爆炎師が魔術師の包囲を突破しました」

 皇帝は書類を置いた。「突破した、とな。どうやって」

「広場全体の空気が操作されたようです。炎属性の魔術師の炎が弱まりました。酸素が薄くなっていたという報告が上がっています」

 皇帝はおもむろに立ち上がった。

「空気を操作した」独り言のように言った。

「はい。建物の中から何らかの装置が使われたようです。現在、装置の回収を試みています」

「炎が弱まれば、魔術師の攻撃力が下がる」

「そうなります」

 皇帝は窓の外を見た。

「魔導核の準備は」

「進んでいます。ただし聖女の加護が不安定なまま起動すれば」

「分かっている」皇帝は遮った。「エレンはどこだ」

「まだ広場に」

「連れてこい。今すぐ」

 側近が走った。

 皇帝は執務室に一人になった。

 空気を操作する。酸素濃度を下げる。燃焼条件を崩す。それで炎の魔術を弱める。

 単純な原理だった。しかしそれを、これだけ大規模に、広場全体に適用するという発想は、帝国の魔術師団の誰も持っていなかった。

「魔法は神ではない。ただの現象だ」

 カールの言葉が、報告の中に記されていた。

 皇帝はその一文を読んだ。

 現象だとすれば、条件を変えれば変わる。神ならば条件は関係ない。

 帝国は五百年間、魔術を神聖なものとして扱ってきた。神聖なものは条件を超える。だから条件について考えなかった。

 しかし今日、条件を変えられた。

 皇帝は、再び、机に向かった。

 残っている手を数えた。

 魔導核。それだけだった。

「帝都の一部焼失で済むなら安いものだ・・・帝国の秩序崩壊の方が被害が大きい・・・」

 皇帝は、呟くのだった。


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