表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
理(ことわり)を焼く爆炎師~五元素の加護なき男、物理法則を武器にして魔導帝国へ復讐する~  作者: いわん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/30

第22話:神官長の失墜

 地下水路は存在した。

 地図は正確だった。ただし水路の一部が崩落していた。迂回しながら進んだ。泥と水の中を膝まで浸かりながら移動した。暗かった。松明を使えなかった。煙が充満する。ゲンツが小型の化学発光装置を持っていた。それで足元だけを照らしながら進んだ。

 三時間かかった。

 城の地下に出た。古い貯蔵庫だった。現在は使われていない区画だった。

「生きていた」とゲンツが言った。泥だらけだった。

「生きていた」とスーケリーが答えた。同じく泥だらけだった。

 カールは貯蔵庫の扉を確認した。内側から鍵がかかっていた。古い鍵だった。工具で解錠した。

 扉の向こうは廊下だった。

 城の内部だった。


 城の内部を移動しながら、情報が届いた。

 ゲンツが事前に仕込んでいた伝達網からだった。帝都の大広場で神官長ヴァルナが民衆に向けて演説を始めたという情報だった。聖女を連れていた。

「広場か」とカールは言った。

「神官長が動いている。城の内部が騒がしくなる前に、外で民衆を押さえようとしているんだろう」とゲンツが言った。

「皇帝は城にいる」とスーケリーが言った。「今、城に向かうか、広場に向かうか」

 カールは少し考えた。

 エレンが広場にいる。神官長がいる。そして民衆がいる。

「広場に行く」カールは言った。

「皇帝は」スーケリーが問いかける。

「順番がある。神官長を片付ければ、エレンの装置を外す技術者が残る。技術者を使えば安全に外せる。そしてエレンの加護が魔導核から切れれば、皇帝の切り札が一つ消える」

「繋がっているか」

「全部繋がっている」


 大広場に着いた時、神官長ヴァルナの演説は始まっていた。

 民衆が集まっていた。自発的に来た人間と、誘導されてきた人間が混じっていた。帝国の衛兵が周囲を囲んでいた。

 ヴァルナは演説台に立っていた。白い祭服だった。その隣にエレンがいた。白いローブ。光のない瞳。

「帝国の民よ」とヴァルナは言った。「惑わされるな。爆炎師は嘘をついている。帝国の奇跡は本物だ。聖女の加護は本物だ。今こそ聖女の力を見よ。この闇を焼き払え」

 エレンに向かって命じた。

 しかし、エレンは動かなかった。

 ヴァルナがもう一度命じた。「焼き払え」

 エレンは動かなかった。

 民衆がざわめいた。聖女が命令に従わない。それだけで、広場の空気が変わった。

 ヴァルナが焦っていた。制御装置の不具合は昨日から報告が上がっていた。しかし民衆の前で使うしかなかった。他に選択肢がなかった。

 カールは人混みの中から前に出た。

 衛兵が気づいた。「爆炎師だ」という声が上がった。

 カールは走らなかった。歩いた。止まらなかった。

 ゲンツの電撃装置が入り口付近で作動した。衛兵が倒れた。スーケリーが建物の上から装置を構えた。魔術師たちが詠唱を始めた。スーケリーの鉛の針が、先頭の魔術師を倒した。詠唱が止まった。

 カールは演説台の前まで来た。

 懐から紙を取り出した。

 大きな紙だった。エレンの後頭部の突起の配置を詳細に書き起こした図だった。突起の位置、間隔、皮下の装置の推定形状。神官庁の技術部門が設計した制御装置の構造図だった。

 広場に向かって掲げた。

「これを見ろ」とカールは言った。広場全体に届く声で言った。「この装置が聖女の頭に埋め込まれている」

 民衆がざわめいた。

「皮膚の下に金属が埋め込まれている。複数の突起が頭蓋の外に出ている。神経に接触して、思考を制御している。これが帝国の奇跡の正体だ。加護された魔術なんかじゃない。人間を道具にするための装置だ」

「嘘だ」とヴァルナが叫んだ。

「でたらめだ。捕縛しろ」

 衛兵が動いた。しかしゲンツの装置が再び作動した。煙が広場に広がった。混乱の中で衛兵の動きが止まった。

「確認する方法がある」とカールは言った。煙の中で言った。「聖女に近づいて、後頭部を見ろ。髪の中に金属の突起がある。自分の目で確認しろ」

 民衆の一部が動いた。エレンに近づこうとした。衛兵が止めようとした。しかし民衆の数が多かった。

 その混乱の中で、エレンが少し動いた。

 制御装置が不安定になっていた。装置の干渉が弱まった瞬間、エレンの意識にわずかな隙間が生まれたのかもしれなかった。エレンが自分の手を見た。それだけだった。しかしその動作は、命令されたものではなかった。

 民衆の一人がエレンの後頭部に触れた。

「ある」とその人間が叫んだ。「本当にある。金属が頭から出ている」

 広場が静かになった。

 一瞬の静寂だった。

 それから声が上がった。一つではなかった。複数の声が同時に上がった。怒りの声だった。混乱の声だった。疑問の声だった。

 ヴァルナが演説台の上で固まっていた。

 言葉が出なかった。

 民衆に何を言えばいいか。装置があることを否定するか。あると認めた上で別の説明をするか。しかし民衆がすでに触れていた。確認していた。否定できなかった。別の説明をしようとしても、言葉が来なかった。

 カールは演説台に近づいた。

 衛兵が三人、カールを止めようとした。スーケリーが屋根の上から装置を向けた。音と共に衛兵の一人が倒れた。それを見て、残りの衛兵の動きが止まった。

 カールはヴァルナの前に立った。

「お前が作った、嘘に塗れた仕組みの終わりだ」とカールは言った。

 ヴァルナは答えなかった。答える言葉がなかった。

 長年、神聖だと言い続けてきたものが、今日、民衆の目の前で崩れた。聖女が命令に従わず、頭に装置が埋め込まれていることが確認された。触媒の件と合わせれば、神官庁が作り上げてきた権威の根拠が、二つも崩れた。

「エレンを返せ」とカールは言った。

 ヴァルナは動かなかった。動けなかった。

 カールは手を動かした。ドレス大佐の時と同じ動きだった。

 ヴァルナが膝から崩れるように倒れた。呼吸が止まっていた。


 広場の騒乱が続く中、カールはエレンに近づいた。

 エレンは立っていた。表情はまだ平坦だった。制御装置が完全に止まったわけではなかった。しかし先ほどの、自分の手を見た動作が繰り返されることはなかった。

「今は無理か」カールは言った。

 独り言だった。エレンに向けて言ったわけではなかった。しかし言った。

 装置を外すための技術者が必要だった。神官長は始末した。技術者に当たれる可能性が上がった。しかし今日、ここで外すことはできない。それは無理だった。

 スーケリーが近づいてきた。エレンを見た。何も言わなかった。

 ゲンツが広場の入り口から来た。「撤収しなければ。城の方から部隊が来ている」

 カールはエレンを見た。

 光のない瞳だった。先ほど一瞬だけ変わったように見えた瞳が、また元に戻っていた。

「また来る」カールはエレンに告げた。

 エレンは答えなかった。

 三人は広場を離れた。


 帝国軍の城内では、皇帝が報告を受けていた。

「神官長ヴァルナが倒されました。広場での演説中に」

 皇帝は報告を聞いた。

「聖女は」

「広場に残っています。衛兵が確保しようとしましたが、民衆が周囲を囲んでいて近づけない状況です」

「民衆が囲んでいる、と」

「聖女の頭の装置が確認されたという話が広まっています。民衆が聖女を守ろうとしている、あるいは何が起きているか見届けようとしている状況です」

 皇帝は窓の外を見た。

 大広場の方向に煙が上がっていた。

「爆炎師は」

「広場から離脱したようです。追跡中です」

 皇帝は机に向かった。

 神官長が倒された。判事が倒れた。魔術師団が倒れた。飛行艇が落とされた。奇跡の証拠が広まった。装置の存在が民衆に知られた。

 残っているのは皇帝自身だった。

「魔導核の準備を進めろ」と皇帝は言った。「聖女の状態が不安定でも、使える状態にしろ」

 側近が走った。

 皇帝は一人になった。

 廃神殿でカールが言った言葉を思い出した。

「道具を作った人間を処刑台に送った。その道具で世界を脅している。笑えない話だ」

 笑えない、とカールは言った。

 皇帝は笑えない話ではないと思っていた。それが帝国だった。しかし今日の広場の状況を聞いて、初めて何かがずれた感覚があった。

 何かが、という程度だった。

 皇帝は次の命令書を書き始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ