第21話:帝都侵攻
動くことを決めたのは、魔導核の発表から十日後だった。
理由は二つあった。
一つは、帝都の内部が揺らぎ始めているという情報だった。奇跡の証拠が広まってから、神官庁への信頼が低下していた。市場での会話が変わっていた。加護について話す声のトーンが変わっていた。疑問が日常会話の中に混じり始めていた。
もう一つは、魔導核への対処の目処が立ったことだった。
完全な無効化ではなかった。しかし制御装置との接続を一時的に切断すれば、加護の供給が止まり、魔導核は自己崩壊する可能性があった。エレンの装置を外す前に魔導核を崩壊させる、という順番に変更した。
「リスクが高い」とスーケリーが言った。
「分かっている」とカールは答えた。「しかし待っていれば、帝国が魔導核の安定化を完成させる可能性がある。完成すれば、永続的な脅しとして使われる。今動く方がリスクが低い」
「皇帝への道筋は」
「城への侵入経路は確認してある。問題は道中だ。帝都の内部を移動しながら城まで辿り着く必要がある」
ゲンツが地図を広げた。「帝都の防衛線を確認した。城門が三つ。各門に魔術師と兵士が配置されている。正面突破は難しい」
「正面から行く必要はない」とカールは言った。「帝都の外縁部から侵入する。城壁の弱い部分を使う。以前、俺が使った方法と同じだ」
「あの時より警備が厚い」
「警備を分散させれば薄くなる。複数箇所で同時に動けば、全部に対応できない」
帝都への移動は夜明け前に始めた。
三人と、途中で合流した数人の協力者がいた。加護なき者たちで、カールたちの活動に共鳴した人間だった。全員に戦闘訓練はない。しかし物を運ぶことはできた。発煙筒を投げることはできた。囮になることはできた。
帝都の外縁部に着いたのは夜明けだった。
城壁が見えた。高い壁だった。しかし、以前確認した石の継ぎ目は変わっていなかった。魔術で強化されていたが、物理的な劣化は止められていなかった。
「分かれて動く」とカールは言った。「ゲンツは東門、スーケリーは南門で陽動をかけろ。俺は北壁から入る」
「陽動の規模は」とゲンツが聞いた。
「見える範囲で動け。目立つことが目的だ。実際に戦う必要はない。引きつけて、逃げろ」
「合流点は」
「城の北側、倉庫街の井戸だ」
陽動が始まったのは朝の鐘が鳴った直後だった。
東門でゲンツの電気装置が作動した。門前に集まっていた兵士の一部が倒れた。魔術師が詠唱を始めた。南門でスーケリーの装置が発射音を上げた。遠距離から城壁の上の兵士を狙った。
帝都内部が騒がしくなった。
カールは北壁に近づいた。
石の継ぎ目に指をかけた。以前侵入した時と同じ動作だった。しかしあの時より警備の目が分散していた。
城壁を越えた。内側の庭に降り立った。
帝都の内部に入った。
帝都の中を移動した。
内部は騒がしかった。東門と南門からの報告が伝わり、兵士たちが動いていた。その混乱の中を、カールは城に向かって進んだ。
路地を選んで歩いた。
市場を通った。
市場の人間たちがカールに気づいた。装備が普通の市民と違った。懐に薬品の容器が見えていた。
「あいつが爆炎師か」と誰かが言った。
カールは足を止めなかった。
「加護なき者が帝都まで来た」と別の声が続いた。
止まらなかった。しかし声は聞こえていた。
「奇跡が偽物だったのは本当か」
その声で、カールは一瞬足を遅くした。
叫んだのは中年の女だった。市場の商人のように見えた。声に怒りがあった。しかし怒りの向き先が、カールに対してではなかった。帝国に対してだった。
カールは振り返らずに答えた。「広場で見た人間がいる。確認した人間に聞け」
それだけ言って歩き続けた。
背後からざわめきが続いた。
怒鳴る声もあった。「余計なことをするな」という声もあった。「帝国を信じろ」という声もあった。しかし「帝国はどうなっているんだ」という声も混じっていた。「神官庁は何をしていた」という声も聞こえた。
帝国の秩序が、内側から揺らいでいた。
外からの衝撃ではなく、内部の疑問から揺らいでいた。それはカールが意図して起こしたことではなかった。証拠を見せた。事実を示した。それだけだった。揺らぐかどうかは民衆が決めることだった。
揺らいでいた。
城の手前、百メートルの位置で足が止まった。
城門が閉じていた。
通常は開いている内城門が、完全に閉じられていた。兵士が増員されていた。魔術師が複数、城門の前に並んでいた。
皇帝の命令が届いていた。
「爆炎師を帝都に入れるな」という命令が出たのは今朝だという情報をゲンツが持っていた。しかしカールはすでに帝都の中にいた。命令が少し遅かった。
城門は閉じている。しかし城壁の外縁部は別だった。
カールは城壁に沿って移動した。城の北側を目指した。
合流点の井戸には、ゲンツとスーケリーがすでに来ていた。
「城門が閉じている」とスーケリーが言った。
「知っている。別の経路を使う」
「城壁の高さは城の外壁より高い。越えるのは難しい」
「越える必要はない。地下だ」
ゲンツが地図を出した。「帝都の地下水路か」
「古い地図にある。帝国が建設した水路だが、現在は使われていない部分がある。城の地下を通る水路が一本ある」
「確認したか」
「していない。地図が正確かどうかも分からない。しかし他に選択肢がない」
三人は地下水路の入り口を探した。
帝国の城内では、皇帝が報告を受けていた。
「爆炎師が帝都に侵入しました。東門と南門で陽動がありましたが、本体は北壁から入ったようです」
皇帝は立ち上がった。「城門を閉じろ」
「すでに閉じています」
「城内の警備を最高レベルに上げろ」
「はい」
「魔導核の準備状況は」
「起動準備が整っています。ただし聖女の加護が安定していないという報告が」
皇帝は窓の外を見た。帝都が見えた。東門と南門の方向に煙が上がっていた。城外でも混乱が起きていた。
「爆炎師を城に入れるな」と皇帝は言った。「城に入られれば、全てが変わる」
側近が走った。
皇帝は一人になった。
廃神殿での会話を思い出した。
「次に会う時は違う状況になる」と自分が言った。その状況が、今日来た。
皇帝は机に向かった。
次の命令を書くために。




