表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
理(ことわり)を焼く爆炎師~五元素の加護なき男、物理法則を武器にして魔導帝国へ復讐する~  作者: いわん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/30

第16話:質量

 沈黙の魔術師エリアスが回復したという情報が入ったのは、五日後だった。

 ゲンツの情報網が掴んだ。エリアスが再び戦場に出るという話だった。前回の敗北を受けて、結界の設計を修正したらしい。摩擦熱による点火も遮断できるよう、結界の範囲を広げたという。

「また来るのか」とスーケリーが言った。

「来る」とカールは答えた。「前回負けた相手に、改良した手段で再挑戦する。それは正しい判断だ」

「対処法は」

 カールは少しの間黙った。

 前回、摩擦という魔力に依存しない手段で突破した。しかしエリアスはその教訓を学んだ。次回は摩擦も遮断してくる可能性が高い。結界の範囲を広げれば、物理的な点火手段の多くが機能しなくなる。

 問題は、結界が何を遮断できて、何を遮断できないかだった。

「結界は何を止めているのか」とカールはゲンツに聞いた。

「魔力の反応と、それに類似する物理現象だ。前回は着火と放電を止めていた。摩擦は止めていなかったが、それを修正してくるなら」

「修正には設計の変更が必要だ。設計を変えれば、別の部分に制限が出る可能性がある」カールは紙に何かを書き始めた。「結界が止められるものと、止められないものの境界線を考える」

「境界線は」

「魔術と物理現象の違いだ。結界は魔力の流れを遮断するように設計されている。魔力を必要とする現象は止められる。しかし純粋に物理的な現象、つまり魔力が介在しない現象は止められない」

「前回の摩擦がそれだった」

「そうだ。ならば今回も同じ原理で考える。魔力を必要としない、純粋に物理的な現象は何か」

 カールは書き続けた。

 燃焼は火花が必要で、火花は魔力に近い。電気は魔力と類似している。摩擦は純粋な物理だったが、修正される。爆発は着火が必要で、着火が止まれば爆発しない。

 では、着火も電気も摩擦も必要としない現象は。

「音波……空気圧……毒……」帝都図書館で学んだ知識から、カールは思考を巡らせ、手段を検討した。そして、その全てを捨てた。

 数分後。

「……そうか。重力だ」カールは言った。

 ゲンツが顔を上げた。「重力」

「物が落ちる。それだけだ。魔力は必要ない。着火も放電も摩擦も必要ない。重い物を高いところから落とせば、下にある物に当たる。それを止める結界を作ることはできないこともないが、重力を遮断するためには、物体そのものを浮かせる必要がある。それは全く別の魔術だ。あいつにはできないだろう」

 ゲンツはしばらく黙った。「あいつの上に、岩を落とすということか」

「そうだ」

「岩を、どこから」

 カールは地図を見た。廃工場地帯の北側に、かつて採石場として使われていた丘陵地があった。今は放棄されていたが、石材が大量に残っていた。

「時間がかかる」とゲンツが言った。「重い石を高い場所まで運ぶのは」

「二日あればいい。滑車と綱を使う。人力で引き上げる。魔術は使わない。力学だけで動かせる」

 スーケリーが地図を見た。「場所を選べば、エリアスが来る経路に合わせて準備できる。ただし正確な位置に落とさなければ意味がない」

「正確さは計算でカバーする。落下点の計算は難しくない。高さと横方向の距離が分かれば、落下点は決まる」

「外れたら」

「二個用意する」


 準備に二日かかった。

 丘陵地の上部に、拳大から頭大の石材を大量に集めた。そこから一段下の突出した岩棚に、一抱えほどの大きな石塊を二つ運び上げた。人力だった。ゲンツが滑車を作り、三人で引き上げた。

 重さはそれぞれ百キロを超えていた。

 石塊を岩棚の縁に置いた。下には廃工場地帯の主要な通路が走っていた。

「落下点の計算は」とスーケリーが聞いた。

 カールは岩棚の高さを測った。地面からの高さ、岩棚の出っ張り具合、石塊の重さ。計算した。

「正確には落とせない」とカールは言った。「変数が多すぎる。しかし範囲は絞れる。あの通路の中央に落ちる可能性が高い。そこにエリアスが来るよう誘導する」

「誘導は」

「スーケリーが遠距離から撃つ。エリアスは結界の中にいれば安全と思っている。結界の中で動かせれば、位置を誘導できる」

「結界の中に引き込むということは、私も結界に入る可能性がある」

「距離を保て。三百メートル以上あれば結界の外にいられる。前回の結界の範囲を測った。最大でも二百メートルだった」

「修正されていれば範囲が広がっているかもしれない」

「そうだ。だから撃ったら即座に退け。石が落ちれば結界は消える」


 エリアスが来たのは三日目の午後だった。

 帝国の複合部隊とともに現れた。前回より兵士の数が多かった。エリアスは部隊の中央にいた。灰色のローブが見えた。

「来た」とスーケリーが遠距離から言った。

「動け」とカールは答えた。

 三人は廃工場地帯の入り口付近で姿を見せた。部隊が気づいた。追ってきた。

 カールたちは廃工場の中へ引き込んだ。通路を走った。結界が広がるのが分かった。前回より少し早かった。修正されていた。範囲も少し広かった。

「装置が死ぬ」とゲンツが言った。

「分かっている。計画通り動け」

 カールたちは廃工場の北側通路に入った。丘陵地の真下になる位置だった。

 エリアスが追ってきた。通路の入り口に立った。後方に兵士が広がっていた。

「また同じ場所か」とエリアスが言った。「前回より広く展開した。摩擦も今回は止めている。お前たちの着火手段は全て無効だ」

 カールは通路の奥に立っていた。

「そうか」と言った。

「観念しろ」

 スーケリーの装置が発射音を上げた。三百メートルの距離から放たれた鉛塊が飛んできた。エリアスの結界が弾いた。しかし衝撃でエリアスが一歩後退した。通路の中央に位置が変わった。

 岩棚の真下に入った。

 カールは合図を出した。

 ゲンツが岩棚の上で石塊を押した。

 一個目が落下した。

 百キロを超える石塊が、岩棚から垂直に落ちた。加速しながら落ちた。結界の中に入った。

 結界は何も起きなかった。

 石塊は落ち続けた。

 エリアスが見上げた。

 石塊がエリアスに当たった。

 音がした。大きな音だった。通路の石畳が割れた。砂埃が上がった。

 結界が消えた。

 兵士たちが固まっていた。誰も動かなかった。砂埃が収まるまで、誰も動けなかった。

 カールは通路から出た。

 砂埃の中を歩いた。石塊のそばに立った。確認した。

 ゲンツが丘陵地から降りてきた。「当たったか」

「当たった」

「二個目は」

「要らなかった」

 スーケリーが合流してきた。兵士たちはまだ固まっていた。結界が消えて、何が起きたか理解できていないのか、あるいは理解はしているが動けないのか、どちらかだった。

 カールは兵士たちを見た。

「魔法は万能じゃない」と言った。誰に向けて言ったわけでもなかった。「質量と重力は魔法より古い」

 ゲンツが隣に立った。砂埃の中で石塊を見た。「岩を落とすだけとは」と言った。少し笑っていた。「お前らしい」

「単純な方法が最も有効なら、単純な方法を使う」

「それがお前らしいと言っている」

 兵士たちが動き始めた。撤退する者と、剣を抜く者がいた。スーケリーが装置を構えた。剣を抜こうとした兵士が止まった。

 三人は廃工場地帯を離れた。


 帝国軍の前線司令部に報告が届いたのは夕方だった。

 将軍ハイネは報告を聞いた。最後まで聞いた。それから報告した将校を見た。

「岩を」とハイネは言った。「岩で魔術師が死んだということか」

「はい」と将校は答えた。「岩棚から石塊が落下し、エリアス殿の結界の中に入りました。結界は物理的な落下を止められなかったようで」

「止められなかった」

「重力は魔術ではないため、遮断の対象外だったようです」

 ハイネは立ち上がった。窓の外を見た。帝都の夕暮れが始まっていた。

「報告書に何と書けばいい」とハイネは言った。

 将校は答えなかった。

「岩で魔術師が死んだと書くか。帝国最強の沈黙の魔術師が、岩を落とされて死んだと」

 将校はまだ答えなかった。

「書け」とハイネは言った。「事実を書け。岩が落ちた。魔術師が死んだ。それだけだ。事実以外のことは書かなくていい」

 将校が退出した。

 ハイネは窓の外を見続けた。

 岩を落とす。それだけのことだった。誰でも知っている。子供でも知っている。重い物は落ちる。落ちた物は下にある物に当たる。

 しかし帝国の魔術軍事設計の中に、岩を落として魔術師ごと葬るという手段は想定されてなかった。魔術師の結界を破るための手段として、岩を落とすということを、誰も考えなかった。そういう手段を実行する前に、相手は魔術師によって倒されていたからだ。

 考える必要がなかったのである。魔術があれば、岩を落とすより効率的な手段がいくらでもあった。

 しかし今、効率的な手段を全て持っている側が、岩を落とすだけの側に負けた。

 ハイネは机に戻った。

 次の対策を考えなければならなかった。しかし何を考えればいいのか、ハイネにはまだ見えていなかった。

 何を想定すればいいのか。次は何が来るのか。岩の次は何か。

 答えが出なかった。連中は、これまでの常識を無視して来る。想定外ばかりだ。

 それが最も困ることだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ