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対策本部では、駅周辺の防犯カメラ映像から割り出された、白いミニバンの詳細が上がってきていた。
ナンバー照会の結果、登録は都内の小規模イベント会社名義。しかし、実態は——
「四之宮グループのフロント企業です」
捜査員が報告しながら、ホワイトボードの中心に据えられた黒木の隣に、名前を追加する。
四之宮 蓮
「暴対でマーク中の半グレ集団です。恐喝、特殊詐欺周辺、違法スカウト。立件には至っていませんが、資金の流れは黒に近いグレーです」
副署長の坂上が腕を組む。
「運転していたのは?」
「映像解析の結果、四之宮蓮本人と推定されます」
室内がざわついた。
「任意同行、かけますか?」
坂上が鼻で笑う。
「応じると思うか?」
捜査員達が顔を見合わせる。仮に四之宮をここへ引っ張ってこられたとしても、奴が口を割るとは到底思えない。誰もがそう確信していた。
「それよりも」
坂上がホワイトボードを叩く。
「黒木と四之宮のその後の動きだ。現場に近いのは?」
「高遠班が待機中です」
「よし。高遠班を向かわせろ。連中の反応を見る」
無線が入る。
『高遠班、応答願います。こちら対策本部』
『高遠です』
『白いミニバンの行き先が判明。瀬良野町新港二丁目1番22ビル一階。四之宮グループ事務所。接触し状況確認を』
『了解。現場向かいます』
高遠は頬張っていたパンをコーヒーで流し込み、パトカーを発進させた。車内で待機していた若手刑事が問いかける。
「黒木さんと四之宮って、どういう関係なんです?」
高遠は一瞬だけ視線を宙に置き、記憶を確かめるようにしてから、ゆっくりと答えた。
「七年前ぐらいになるか」
信号で停まる。
「四之宮は当時十九。傷害で逮捕寸前だった」
「前科持ちなんですか?」
「いや。被害者が示談に応じた」
若手が眉を上げる。
「詳しい経緯は俺も知らないが、黒木刑事が間に入っていたことは確かだ。四之宮がキレた原因に、同情でもしたんだろう。結果、情状酌量を引き出している」
「へぇ。それで “アニキ” ですか」
「四之宮は義理堅い男ではあるんだが、別に更生したわけじゃない」
青信号になり、アクセルを入れる。
「黒木は四之宮に一線を越えさせまいとしたんだろう。だが、今はなぁ……」
高遠はそのまま言葉を飲み込んだ。
事務所前。雑居ビルの一階。表向きは「イベント企画」の看板が立っているが、階段の前には若い男たちがたむろしている。
派手なシャツで、袖から刺青が覗いている。笑みを浮かべて雑談に興じていたが、一人がパトカーに気づいた途端、視線が一斉に突き刺さり、敵意を隠そうともしない。
「なんだぁ?」
「チッ! またサツかよ?」
威嚇するような視線に向けて、高遠が警察手帳を提示する。
「警察だ。代表の四之宮蓮に用がある」
若い衆が鼻で笑う。
「アポはあんのかよ?」
「任意で話を聞くだけだ」
空気が張り詰める中、階段の奥から声が聞こえた。
「いいよ、通せ」
そう言って四之宮が姿を見せる。その表情には、穏やかな笑みが貼りついていた。
「高遠さん、お久しぶりですね」
「四之宮さん、少し署の方で話があるんだが」
「任意、ですよね?」
「今のところは」
四之宮は肩をすくめる。
「今日はちょっと立て込んでましてね」
笑っているが、目は冷たい。
「黒木刑事と接触は?」
「さぁ? 最近会ってませんけど」
「駅周辺の防犯カメラに映っていたぞ。白のミニバンに乗せてただろ?」
「似てる人じゃないですか?」
若い衆がケタケタと笑うが、高遠は動じない。
「こちらとしても、確認したいことがあるんだがなぁ」
「署までお付き合いは出来かねますねぇ」
「それなら、ここでも構ない。黒木の行方を知らないか?」
「知りませんよ」
知らぬ存ぜぬを決め込んだ四之宮とは、一切会話にならない。高遠は数秒、四之宮を見つめた。
「何か思い出したら連絡してくれ」
高遠は名刺を差し出すが、四之宮は受け取らずに踵を返した。これ以上の進展は望めない以上、現時点では引くしかない。
車に戻ってシートに身を沈めると、思わずため息が漏れる。若手が気遣うように声をかけた。
「完全に舐めてますね」
高遠は一瞬思案し、きっぱりと言い切る。
「あれは舐めているんじゃない。覚悟を決めてる顔だった」
高遠は後輩を諭すように言葉をかけ、静かにエンジンを始動させる。ビルの窓からは、四之宮がパトカーをじっと見下ろしていた。
***
午後八時。市営団地は、夜の闇に包まれながらも、窓という窓から灯りが漏れていた。テレビの音。風呂の給湯音。食器が重なり合う小さな音。
壁一枚向こうには、生活の気配がある。その中で、黒木は時計を見た。
「……そろそろ行くか」
低い声に蔵森がびくりと肩を震わせる。黒木は屈み込み、蔵森の顔を覗き込んだ。
「足の拘束を外す。抵抗したら殺す」
抑揚のない、ただ事実を伝える声。
「これから非常階段を下りて車へ向かう。おかしな真似しやがったら、ただじゃおかねぇ」
一瞬、瞳の底に黒い影がよぎる。
「てめぇはラゲッジだ。運転中ジタバタすんじゃねぇぞ」
蔵森には行き先も、行く末も分からない。恐怖が言葉を奪い、は何も言い返せなかった。
「わかったら頷け」
蔵森は眼を見開いたまま、何度も、何度も頷いたが、黒木の目は見つめたまま動かない。嘘を見抜くように。しばらくして、足の結束バンドが切られた。
蔵森がよろめくが、黒木は即座に後方へ回り、首筋に銃口を当てる。
「立て」
蔵森は命令に従って玄関に向かう。黒木は部屋の明かりを消してドアを閉めると、予め奪っていた鍵で施錠する。
外廊下に人気は無く、部屋から笑い声が漏れ聞こえる。黒木は蔵森の背中にぴたりと張り付き、半歩後ろを歩く。
非常階段に生温い夜の空気が流れ込む。一段、また一段と、足音をできるだけ立てないよう慎重に降りる。拘束された蔵森は覚束ない足取りだが、黒木は急がず、焦らない。蔵森は、まるで操り人形のようだった。
頭の中で、フェイブルが笑う。
『もうすぐだ! 楽しみだろう?』
『片割れの死の匂い、思い出してるんじゃないか?』
黒木は答えない。感情の揺らぎは、どこにもない。据えかねたのは、むしろ悪魔のほうだった。
『何か言え! 震えもしないのか? 高鳴りは? 期待は? どこに行ったんだよ!』
焦れた声が、爪を立てるように神経を掻く。だが黒木の内側には、愉悦も、怒りもなく、決められた工程を消化する、冷静さだけがあった。
『感情を殺しているのか? つまらない奴だ』
フェイブルが吐き捨てる。
階段を三階、二階、一階と降りていくが、人の気配はない。駐車した場所まで戻ると、車は変わらずそこにあった。
黒木は周囲を一瞥する。窓。街灯。人影。特に異常はみられなかった。黒木は銃をしまうと、無言でバックドアを開ける。
「伏せろ」
蔵森をラケッジスペースにうつ伏せに倒す。抵抗の余地を与えないよう膝を折らせ、身体を反らせる。再び足関節を結束バンドで固定し、併せて手と足が繋がれ、蔵森は一切の身動きが取れなくなった。蔵森の呼吸が荒くなるが、もがくことなく従っている。
黒木は運転席に回り込み、エンジンをかけた。行き先は、もう決まっている。蔵森亘一という存在が、処理される場所へ。




