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 黒木と田中は、互いに目を凝らして自分自身の姿を見つめた。すると、身体の内から淡い光が浮かび上がってくる。肉体とは異なる、もうひとつの “かたち”。それは人の形をなぞりながら、魂と呼ぶほかない存在感を放っていた。


 そして、色。二人は無言のまま、互いの姿を見比べた。同じ人の形をしていながら、纏う色彩は明らかに異なっている。


 リュッサが二人に声をかける。


「見えたようですね。ご自身の魂が……あなた方に与えたのは、魂そのものと、罪によって生じた汚染を見ることが出来る “審魂さにたまひとみ” 。色が違って見えるのは、それぞれが現世において犯してきた罪によって、魂が染められているからです」

「さにたま?」

審魂さにたまというのは、魂の真偽や性質を見極めるという意味を持ちます。古い言葉で、“審判の審” と書いて、“さに” と読み、たましいと書いて “たま” と読みます。


 リュッサはまず黒木へ視線を向けた。


「黒木さん。あなたの魂は、黒ずんだ深紅を基調としています。憤怒と暴力——外へ向けて振るわれた感情の色ですね」


 そして田中へと視線を移す。


「田中さん、あなたの魂は濁った紫色。悪意と加害、他者を踏み台にすることで保たれてきた心の痕跡です」


 黒木と田中はお互いを見合って黙り込んだ。


「魂の大きさは、いわば抵抗値の目安です。どれほど汚染に耐えられるか。汚染が進めば進むほど色彩は濃くなり、やがて魂そのものが色に侵食されます」


 リュッサは静かに言葉を継ぐ。


「そうなれば、抵抗を失い、変質する可能性がある——それが冥府の理です」


 田中が自分の身体をまじまじと見つめたまま、ぽつりと漏らした。


「……確かに。俺より黒木さんの方が、分厚いし大きいな」


 黒木は答えず、ふと周囲に目を巡らせる。洞穴の奥へ、吸い寄せられるように進んでいく、無数の人の形が見えるようになっていた。どれも輪郭は歪み、色は濃く、汚染が進行しているように見えた。


「……あれ、洞穴に向かっていくのは死者の魂ってことか?」


 黒木が呟く。


「たしかに汚染されているな。……逆に、門の方へ向かっていくのは、色が薄い。ほとんど無色の淡い光だ」


 リュッサはゆっくり顎を引いて頷く。


「おっしゃる通りです、黒木さん。理解が早くて助かります」


 田中は再び自分の魂へ視線を落とした。


「俺、こんなに汚い色してたんだな……」


 その言葉に、リュッサは否定も肯定もせず、柔らかく話す。


「試練に挑まれる前より、わずかですが汚染は薄くなっていますよ」

「そうですか……」


 田中は考え込むように小さくため息を吐き、うつむいた。


「早速、冥府の先へ向かわれますか?」


 問いかけに、黒木は短く応じた。


「あぁ」


 田中は表情に迷いが滲んだが、黒木が歩き出すのを見ると、遅れて後を追う。すれ違いざま、リュッサに小さく会釈をした。


「ご健闘を祈ります」


 その言葉とともに、リュッサは二人の背を見送った。しかし、彼女の第三の眼には、当人たちがまだ自覚し得ない、さらに深い色が映っていた。


「黒木さんの深層には、後悔と嫉妬が沈殿した冷たい青緑……」


 視線を移す。


「田中さんには、灰白の恐怖。怯えが伺えますね」


 リュッサは洞穴を見据え、独りごちるように呟いた。


「さて……ミアス様は、どのような裁定を下すのかしら」




***




 洞穴の奥には、不気味な存在感を放つ “入口” が待っていた。二人はその歪さに目を見張った。左右非対称で、その周囲には無数に幅広い溝が走り、その一つ一つは奥行きが掴めないほどに深く、内側には底知れぬ闇が潜んでいる。


 “人が立ち入るとは思えない裂け目” のように見えた。しかし、通るべき道は他に見当たらない。


 二人の隙間を縫うように、汚染された死者の魂が静かにその先を通り抜けていく。その流れは、まるで進むべき方向を示す道標のようだった。


 黒木と田中は、その後を追うように歩き出す。裂け目から中に入ると、足元は下り傾斜で不安定だった。砂利と砂の感触は失われ、靴底の下には冷たく硬い岩肌が広がっている。黒木はタクティカルライトを取り出し、反射的にスイッチを入れた。


 反応はない。


「……使えないか」


 その時、田中が足を取られて、身体が大きく前のめりになる。


「うわっ! 痛ってぇ!」


 声を上げた瞬間、音が奇妙に伸びた。洞穴に反響したはずの声は、途中で歪み、遅れて、別の方向から返ってくる。まるで複数の空間を通過してから戻ってきたかのような、不自然な響き方だった。


 田中は岩に手をつき、その拍子に掌を擦った。痛みとともに鮮血が滲んだが、周囲の不気味さ故、苦痛はすぐに引いていく。


「今、声があちこちから聞こえて……なんで?」

「あぁ、普通じゃない」


 一歩踏み出すたびに、足音が近くで鳴っているのか、遥か下で響いているのか判別できない。距離感そのものが狂ってくるが、それでも汚染された魂の流れに沿って進んで行く。


「あれ? ここから広い空間になってる……行き止まりですかね?」


 そして二人は大きな空洞へと辿り着いた。踏み込んだ瞬間、黒木は直感的に理解する。


 ——ここは、通過点ではない。


 洞穴からここまで至る道に障害はなかった。だが、その最奥に続く闇は、単なる通路ではなく「待つ」ための空間だった。冥府の光は完全に届かず、赤錆色の微光だけが、脈のように明滅している。まるで臓器の中へ閉じ込められたように感じられた。


 田中が息を抑えるように話す。


「……何か見られてる感じ、しません?」


 その言葉が終わる前に空気が変わった。重く張りつめ、田中の声が吸い込まれるように小さくなる。




 声がかかるより先に、黒木は足を止めていた。


「待て」


 命令が響く。 “裁定” が、近づいている。岩壁の奥で、影が動いた。はじめに獣の角が見え、次に人の肩、そしてその全身が姿を現した。


 額の両側から突き出た、黒く鈍い光を帯びた牛のような角。鼻梁は曲がり、頬は骨ばって歪んでおり、薄い唇の隙間から覗く歯は妙に長かった。そして、長い尾を背の影でゆらゆらと動かしている。


 張り出した眉骨の奥で、濁った瞳がじっと田中と黒木を見据えていた。


 その存在が完全に現れた時、第二層に居た二人と魂は、空間が固定されたように身動きが取れなくなった。ここは「冥府の法」に基づき、罪を量る場所として設けられた場所だった。


「生者が、自由域を越えたか」


 低く、抑揚のない声で、怒りや蔑みは微塵も感じられない。ただ事実を確認し、告げるように、その男 “ミアス” は続ける。


「第二層、ここは境界審査の場。これより、裁定を下す!」


 ミアスの姿を見にした田中の背筋を、ぞっとするものが走った。


「まるで、悪魔じゃないか……」


 対して黒木は、ただその姿に注意深いまなざしを向けていた。


 ミアスは一拍置いた。その間、二人の背後に伸びる尾の “影” が、魂をなぞるように巻き付いた。


「まず、お前」


 ミアスの視線が田中に定まる。


「他者への加害が見える。恐怖を預け、責任を背負わせ、己は生き延びた」


 影が、田中の足元に沈み込む。


「汝は《恐怖と加害の圏》へ落ちる」


「え? ちょっと! 待ってください!」


 田中が叫んだが、言葉は届かない。足場が静かに崩れ落ちる。


「く、黒木さん——!」


 田中の声が引き裂かれ、闇に消える。


 次に、ミアスは黒木を見る。


「次にお前! 復讐心。正義を名に借りた暴力。焦燥と後悔が、刃と結びついている」


 黒木は睨み返した。


「それが罪だって言うなら、俺は何をさせられんだ?」

「罰を与えるのは、私ではない」


 ミアスは言葉を遮る。あのお方は、こいつに “過去” を見せた。だが、その理由は免罪符にはならない。


「汝は《激情と報復の圏》へ落ちる」


 宣告と同時に、地面が裂けるように崩落した。そして二人は異なる深度へ落ち始めていた。


 境界審査は終わり、試練が開始される。


 ミアスは動かない。ただ、第二層に再び静けさが戻るのをじっと見届けていた。

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