第九十六話
カイザー含めて残りの二人も『魂魄の剱』で傷をつけておいた。
どうやらプレイヤーが受けたスリップダメージはギリギリで止まるらしい。残り体力1になった彼らは、抵抗する気なく項垂れていた。
ヒカルたちは追っ手を気にして逃げてきた方を見た。しかしどうやら、先ほど見張っていた人間たちはサファイアウルフの群れにやられて撤退したようである。
安全なのを確認できたら、ヒカルはカイザーのほうへと向く。
アキは不服そうな顔をしたまま、木に寄りかかっていた。彼女にしては珍しく口を引き結び、腕を組んでいる。
「……本当にプリンが生き返ったのか?」
ヒカルの質問に、カイザーは顔を上げた。瞳は揺れ、口が震えている。
「本当だ……。見たんだ、彼女の顔を。聞いたんだ、彼女の声を……」
「それを連れてきたのは、モルドレルドって人間じゃなかったか?」
「誰だそれは……? そんなやつは知らない。プリンを連れてきたのは、ユウェイルっていう、大きな男だ……」
その言葉に、ヒカルの心がざわついた。尻尾が苛立つようにピンと立つ。
「また、ユウェイルか……!」
そして、彼が関わっているということは、当然モルドレルドが関わっているということ。
「……正直、やり過ぎやな」
アキの言葉に、同意するようにヒカルは頷いた。
「カイザー、お前は騙されたんだ」
「騙されてない! 確かにプリンはいた!」
「そいつは偽物だ」
その確信めいたヒカルの声に反応したのはアキだった。腕組みを解いて、こちらに顔を向けてくる。
「なんや、謎が解けたんか?」
「モルドレルドたちは、自分たちが死んだことを認識してるプレイヤーに、変身できるユニークアイテムを持ってる」
「あぁ、『ミラー・キラー』って異物じゃな。昔の戦争で相手に成り代わるために作られた奴じゃ」
ルシの補足説明に、ヒカルは頷いた。
「モルドレルドもそんな名前を言ってた」
「……なるほど、あそこのチームが関わってんか。これは本格的に要注意チームとして周りに知らせないとあかんな」
アキから視線を外して、ヒカルはカイザーたちのほうを見つめる。
彼らは信じられないと言った表情で固まっている。
「そんな……ばかな」
「つまり、お前は利用されたんだよ」
人の心につけ入るような扱いに、ふつふつと怒りが湧いてくる。
深く息を吸って、今すぐ叫びたい気持ちを奥へとしまい込んだ。
アキもさすがに怒っているのか、耳と尻尾が逆立っている。
「狡いな。クソやな。……ほんま、救いようがない」
「俺もそう思う」
立ち上がり、カイザーたちを見下ろした。彼らはどうやらもう抵抗する気はないようだ。
その時だ──
一人の顔が吹き飛んだ。赤いポリゴン片が辺りに散る。何が起きたか分からないまま、二人目の頭が散った。
「な、なんや!?」
「矢じゃ。かなり遠くから撃ってきておる」
珍しくルシが真面目な声を出す。
三人目、そして四人目のカイザーの頭が吹っ飛んだ。
そのまま倒れた彼らの体は、武器や所持していたアイテムをその場で落として消える。
「殺されたか、ライフが残ってることを祈るしかないな」
アキは舌打ちしながら木の陰に身を隠す。ヒカルとルシも続くようにして身を隠した。
しかし、相手は撃ってこない。
「これ、狙ってるのモルドレルドのチームメンバーかもしれん」
「……つまり緑アイコンの俺たちのことは」
「オレンジアイコンになるのを避けて撃ってこんな」
その腐った性根に、ヒカルは思わず木に拳を打ち付ける。木の陰から身を晒して、両手を広げる。
「撃ってこいよ!」
ヒカルの声は辺り一面に響き渡る。しかし、返事どころか矢がとんでくることはなかった。
「そんなズルいことして、何が楽しいんだよ! 人を利用して何が楽しいんだよ!」
しかし、やはり答えは返ってこない。
「正々堂々とやってこいよ! 他人を巻き込んでゲームを楽しむな!」
叫ぶヒカルの肩に、アキは手を置いた。
「気持ちは分かるけど無駄や……」
その彼女の手は力が込められていた。僅かに震えてもいた。
怒りを我慢しているのが伝わってくる。それでもアキは冷静にこっちに目を合わせる。
「奴らに常識を説くほうが無駄や。そもそもの考え方が違う」
「だからって……!」
「うちだってクソ野郎に一発ぶちかましたいわ!」
アキの大きな声に、ヒカルは言葉が続かない。
「でもな、うちらを殺さないってことは、緑アイコン以上に殺す必要はないと思われてるからや。いつでも殺せるって思われてるからや」
「……っ」
「そんな相手と今戦っても分が悪いやろ?」
ヒカルは、静かに俯くしかなかった。




