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第九十四話

 雪の地面に鼻を擦り付けながらニオイを嗅いでるサファイアウルフを見かけた。獰猛な目は何か食べ物を探しているようで、牙をむき出しにしている。青色の毛には、雪が付着していた。

 ヒカルはその狼の近くに石を投げた。


 狼は即座に反応し、血走った目で周囲を見渡す。小さく唸り、攻撃態勢を取った。

 しかし、ヒカルの視線が合うと狼の警戒が解かれ、表情がやわらかくなった。


 サファイアウルフは尻尾を振りながら、こちらに近寄ってくる。鉄格子越しにヒカルの顔を舐めてくる。


「話には聞いてたけど、改めて見ると不思議やなぁ。なんで魔物が懐くようになったんや?」


 彼女の驚く声に、真実をいうべきかどうか少し迷う。しかし、彼女は本当のことを話さないと納得しないだろう。それに、これからもアキはついてくる可能性がある。そんな相手に無理矢理嘘をつくほうが、後々の行動に支障が出てくる。

 

 迷うように視線を揺らしてから、小さく息を吐くように口を開いた。

 

「クエスト報酬で貰った称号のおかげだな。サファイアウルフは友好的になるんだよ」

「クエスト? 称号? もしかして、行方不明になってる間に、何か物語進めたんか?」


 アキの問いかけに、まぁなと短く答えた。ヒカルの尻尾は話すことに不服そうに揺れていた。


「アキ、悪いけどそこのロープ取ってくれるか?」

「これか? エエで」


 アキからロープを受け取って、鉄格子に固く括り付ける。


「なぁお前、仲間をいっぱい呼んでくれるか?」


 サファイアウルフに頼み込むと、彼は地面に飛び降りてから遠吠えをする。数十秒待つと、狼たちは集まってくる。


 狼の声はどうやら見張りには異常と取られなかったらしい。魔物の鳴き声なんて珍しくないからだ。さらに、見張りは魔物がプレイヤーの言うことを聞くとは思っていないからだろう。


 ロープを垂らすと、サファイアウルフたちは咥え出した。頼むと彼らは一斉に力を込めて引き始める。


 鉄格子がはまっている石壁からは、土がこぼれ落ちる。ひしゃげるような軋む音が響き渡る。

 数分もすると、それは少しずつ動き始めた。


「魔物も使いようやな……」

「かっかっ! まぁ、基本的には人間の仲間になることはありえんけどな。コヤツがサファイアウルフたちの親を助けたから当たり前の帰結じゃて」


 二人の会話を割り込むように大きな音がなった。崩れるように、鉄格子が外れる。


『何の音だ!?』

『中からだ、確認しろ!』

『待ってろ、今鍵を開ける!』


 外から響いてくる声に、背筋に緊張が走る。さすがに気がついたかと、小さく舌打ちをした。

 

「アキ、ルシ、さっさと外に出ろ!」

「分かったで」


 二人が開いた穴から出ていくのを見守る。


『早く開けろ!』

『急かすなクソ野郎が!』


 ドアが開くと同時に、ヒカルは外に飛び出した。


 サファイアウルフたちは、こちらを見て尻尾を振っている。近くの狼をなでると、甘えるような声を出した。


「穴が開いてるぞ!」

「追え! 逃がすな!」


 しかし、ゆっくりしている暇はない。ありがとうと礼を言うと、一目散に逃げ出す。


 振り返ると、今まで捕まっていたのは少し大きな古い家だった。どうやら、先の気候変動で破棄された場所の一部らしい。

 少し遠くには町が見える。


「くっそ! なんでサファイアウルフがこんなに集まってんだ!」


 オレンジアイコンのプレイヤーが二人。後を追ってきていた。サファイアウルフたちに威嚇され、剣を振り回している。


 このままあいつらに殺られるのは少し心が痛む。しかし、いくら手助けしてくれているとは言え魔物だ。フェンリアルもその辺りを弁えている発言をしていた。

 それでも、いや……。


 悩むように尻尾を揺らし、拳を握る。考えを振り切るように、走り出した。


「アキさん、ヒカルさんこっちだ!」


 脇から聞こえてきた声に、思わず顔を向ける。そこには、『クロス・オーソード』の軽鎧に身を包んだカイザーがいた。


 助かったと、彼の元に駆け寄る。


 カイザーの周囲には、これまた彼のチームメンバーらしき人間たちが数人いる。


「……助かった。いつも一緒にいた猫宮はどこだ?」

「今は別行動してる」

「ふーん、ロッドウィグが指示を出してくれたんか?」


 アキが猫耳と猫尻尾を動かしながら尋ねた。

 カイザーは満面の笑顔を向けると、その通りと答える。


「……そうか、いろいろおかしいなぁ」


 彼女の言葉に、カイザーはピタリと動きを止めた。ゆっくり顔を向けて、首をかしげる。


「何がおかしい?」

「いやさ……そもそもロッドウィグなら自分で動くと思うてな」


 その言葉に──彼は笑顔のままだった。

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