第九十二話
角を曲がった先の路地には誰もいなかった。一瞬頭の中にはてなが過ったが、ヒカルは奥に行ったのかもしれないとゆっくりと路地に入っていく。
薄暗い道を気をつけながら歩く。壁に手をつき、慎重に見落とさないように。
頭上にも注意を払った。しかし、人の気配はどこにもない。
「ルシ、どこ行ったか分かるか?」
「分かったとしても教えてやらんぞ? そんなの面白くないからな」
彼女は完全に頼りにならないなと、ヒカルは大きなため息をつく。
道なりに進んで、角を何回か曲がった。すると見えてきたのは──
「なんや? なんで、あんたらが出るんや?」
向こう側から挟み撃ちのようにやってきたアキだった。彼女は眉根を寄せ、顎に指を当てた。
「もしかしてもう逃げた?」
「いや、表通りまではなるべく急いだ。それらしい人間は見当たらんかったで」
少し考えてから、彼女はハッとしたように顔を上げる。
「まずい、これは罠や!」
彼女の視線を追うようにして、頭上をみあげた。屋根の上には、先ほどのギルド役場から出ていった男二人がいた。
緑アイコンである彼らが投げたのは、何か液体が入った小瓶である。
赤色の液体は、アキがくれた転移用のユニークアイテムに似ていた。
瓶は地面に落ちると大きな音を立てて割れる。そのまま液体が周囲に撒き散らされる。
地面を濡らすそれは、すぐに気化する。肺の中に入り込み、喉の奥が焼けるような気配を感じる。
「人のことをコソコソ嗅ぎ回るからそうなるんだぜ?」
「お仕置きだ。精々楽しんできな」
男二人の笑い声が聞こえた中、アキは喉を押さえながら倒れ込む。彼女を支えようとしたヒカルも、ふらりと視界を揺らしてそのまま地面に倒れてしまった。
※※※※※※※※※※
ヒカルは頬を叩かれる感覚で目が覚めた。ゆっくり目を開けると、自分がどこかの部屋に閉じ込められているのが分かった。
石畳の床に石造りの壁。空き箱が雑多に詰め込まれており、唯一ともいえる鉄格子のはまった窓は、高いところに備え付けられていて届きそうにない。
「やっと起きよったか」
目を覚ましてもなお、ルシに頬を叩かれ続けた。
「痛い、ちゃんと起きたから!」
「まったく、うちをこんな目にあわせおって」
彼女はニヤニヤとしながら、腕を組んでいた。
ヒカルはゆっくりと体を起こす。顔を振りながら、頭を動かす。雰囲気は、どこかの倉庫に閉じ込められているようだ。
アキは入り口の木のドアを叩いていた。
「ここはどこだ?」
「わからんな。うちも気づいたときにはここに放り込まれとった」
「てことは町中で堂々と攫ったのか?」
それだとしたら、なんて犯行だろうか。
「だったら誰か目撃してたりするか?」
ヒカルの疑問に、アキはすぐに首を横に振った。
「多分やけど誰も見てへんやろうな」
「根拠は?」
アキは少し焦るように足で何回も地面を鳴らしていた。
腕を組みながら、耳や尻尾を動かしている。
「あの小瓶、多分うちらが持ってるユニークアイテムと同じ類いと思う」
アキのチームが持っているユニークアイテムは、どこでもテレポートができるようになる優れものだ。と言っても、使った本人が行ったことある場所にしか飛べないし、準備に少し時間がかかる。
「それの相手に投げつけて、捕獲するように特化したやつちゃうかな」
「詳しくは、『テレの水』じゃな」
補足するようにルシが口を開く。
「知っとるんか?」
「古の戦争で、使ってた奴じゃ。人の領地の兵力さえも欲しがった強欲な奴じゃったのぉ。今となっては、禁止されておるがな」
なるほど、そうやって世界の遺物としてのこっているなら、敵がユニークアイテムを持っていたとしても不思議じゃない。
「と言っても、あれはかなり濃度を薄めたものじゃからそんな遠くに行けないはずじゃ。少なくとも同じ地域じゃないと、効果を発揮せん」
ルシが指を差したのは、窓だった。月夜が漏れる中、外から吹雪いている。
あの雪国の地域にいることは確定しているということだ。
「……それが分かったとして、外に出れん状況には変わりない。迂闊やったわ……、テレポートアイテムを持ってるとは思わんかった」
アキは組んでる腕を解いて、そこらに座り込んだ。頬杖をつきながら、大きなため息を漏らす。
「何かしらの捕縛魔法は使ってくるやろうと思ったから、リフレクション魔法を用意してはいたんやけどな。ユニークアイテムは無理やわ」
彼女にしては少し弱々しくこちらをみつめる。
「すまんな……巻き込んでもうた」
その言葉に、ヒカルは首を振った。
「何勝手に諦めてんだよ」
「諦めてへんよ。ただ、打つ手がないってだけや」
「それを諦めてるって言うんだろ」
「……だったらここからどうやって出るん? ここ、指定エリア化してるからか、いろいろ制限されとるで?」
そのアキの問いに、ヒカルは考え始める。




