第九十一話
夕刻へと向かいつつある町は、雪とのコントラストが美しい。それでも、町の不安感がそこかしこに上がっていた。
皆がどこかイライラしていたり、時たま喧嘩のようなものが起きている。
プレイヤーの復活地点である教会には人が溢れ、罵り合いも起こっているという話も耳に入ってくる。
「たった一日だけで、ここまでなるのか?」
「それだけ、皆この世界に何かしら抱えてるってことやな」
このことが改めてただのゲームだけではないというのをヒカルへと突きつけてきた。
ゲームをゲームとして楽しめなくなるのは、この世界をクリアすることから遠のいているのではないか。それも攻略チームが多いこの町で起こっているというのは絶望的である。
「少なくとも、これを仕掛けてる奴は悪意しかないな」
「ま、それが狙いなんやろうな。攻略を遅らせる行動は、正気やと思わんけどな」
「運営が関わっているという自体は?」
ヒカルの疑問にアキは考える。
「……ありえなくはないけど、確率的には低いと思うけどな」
「でも、蘇らせることができるなんて、それこそ運営のような所業だろ?」
「ヒカルもさっき言ってたやろ? 蘇らせる方法があるとするなら、このデスゲームの根底が崩れる。運営がそんなことをするわけない」
つまるところ、プレイヤーがそんなことをしているということか。
とてもじゃないけど信じられた話だ。それこそありえないと言ったほうがいいだろう。
「でもまぁ、火のないところに煙は立たないって言うしなぁ。何かしらはあるやろ」
そんな会話をしてる横で、ルシは面白そうに周囲の人間を見つめている。
「本当、人間って面白いのじゃ。滑稽で」
「面白いこと言うなぁ。あんたも人間じゃないんか?」
「うちをそんなちっぽけなものと一緒にするでない」
不愉快そうに目を細めながら、薄い胸を彼女は張っていた。
アキは愛想笑いを浮かべながら、ヒカルの耳へと口を寄せてくる。
「この子どこで拾ってきたん?」
「サファイアウルフに殺されかけてた」
その言葉に、アキは腹を抱えて笑い出す。
「大層なこと言うからもっとすごいNPCだと思ったけど、魔物に殺されかけるならそんな大したことないなぁ」
「NPCが何を指してるかわからんが、バカにされてることはわかるぞ! 不敬はうちが力を取り戻したら、八つ裂きにしてやるからな!」
ルシはアキの挑発に乗って、ファイティングポーズを取っていた。羽を忙しなく動かしながら、拳を振る。
その遅い拳を、アキは馬鹿にするように笑いながら避けている。
「いやぁ、あんた面白いなぁちびっこ。今度、色々話聞かせてもらいたいもんやわぁ」
「獣人の小娘が粋がるんでない! うちがその気になれば、この町ごとお主を消し去ることができるんだぞ!」
二人のやり取りを聞きながら歩いていると、いつの間にか目的の裏通りについた。
先ほどの喧騒は少し遠のき、どこか薄暗闇に包まれているような雰囲気がある。何かヤバい取引が行われていると言われれば信じてしまいそうだ。
「やっぱりそれらしい人間はいないか」
「ま、そう簡単に会えたら謎やないしな。それでも、放っておくこともできんけど」
アキの言うとおりだ。少ししただけでもこのような状況になっているのだ。放置していたらより混乱を大きくするだろう。
アキは柵に腰掛けたので、ヒカルも近くの壁にもたれかかった。
彼女は一人一人の顔を見つめながら、ノートに何かを書き込んでいる。
そんなときチラリとルシの方を見る。彼女はニヤケ面を手で隠しながら、羽を動かしていた。
絶対に良からぬことを考えている顔に、ヒカルは彼女の近くに寄る。
「どうしたルシ?」
名前を呼ばれて、彼女はゆっくりとこちらへと向き直る。
「いやいや、お主たちもまだまだだのって思ってな?」
様子のおかしいことに気がついたのか、アキもノートから顔を上げた。
「何がや?」
「つけられてるぞ。ずーっとな」
その言葉に思わず周囲を見渡す。その少し先に、スッと家の陰に隠れる人影が見えた。
アキと顔を見合わせてから数秒、お互い頷いてゆっくり近づく。アキは途中で角を曲がって、挟み撃ちになるように移動した。
「なんで早く言ってくれなかったんだよ」
後ろからついてくるルシにだけ聞こえるような声で文句を垂れる。
「そのほうが面白いと思ってな?」
「面白い面白くないで判断するなよ」
「うちにとってはそれがすべてじゃ」
彼女の言葉に大きくため息をつきながら、ヒカルは人影が消えたところを覗き込んだ。




