第八十八話
町の雰囲気は、昨日と少しピリついていた。
ルシはどこか興味深そうに見回っている。
「昨日も思ったが、中々人がいっぱいいるのぉ」
そういう彼女の瞳はどこか輝いていた。放っておいたら今すぐにでも走り出しそうだ。
「ルシはこの世界の住人やんな?」
そんな彼女にアキは話しかけ始めた。
「まぁ昔から住んでるって意味なら、そうじゃな。それともなんじゃ? この世界に住んでない住人っているのか?」
どこか探るようなルシの瞳にアキは頬をかきながら目をそらす。
NPCとプレイヤーの違いは、プレイヤーアイコンがあるかないかで見分けられる。しかし、それを抜きにすれば、ほとんど見分けがつかないほどの感情を持っている。
ルシだけでなくベルにも感情があり、個性がある。そうなってくると、プレイヤーとNPCの違いは何かと言う疑問が湧いてくる。
そう、元々彼らはこの世界に住んでいたのではないか。そして、ゲームのプレイヤーは別世界に飛ばされたんじゃないか。そう思えてしまうのだ。
もしその仮説が本当ならば、ヒカルの姉は何に関わっていたのだろうと疑問が湧いてくる。
そのヒカルの思考を削ぎ落とすように怒号が響いた。ギルド役場のすぐ近くにある酒場からだ。
ドアをぶち破るように、一人のローブ姿の男が飛び出してくる。ふらふらと揺れて、その場で尻もちをついた。
あとから出てきたローブの男には、どこか見覚えがあった。
昨日、ミサキやロッドウィグの手によって助けられた男だ。彼の体は怒りで震えてるように見える。
「お、俺だって事情があったんだ!」
「事情でも何でも、人を置いて行っていい理由にならないだろ!」
大きな声は周囲の住人たちの足をとめる。
尻もちをついたプレイヤーを見ると、怒りそのままに胸ぐらをつかんだ。
「もうちょっとで俺たちは死ぬところだったんだぞ!」
その言葉には怒りが込められていた。
そのまま胸ぐらをつかんで、拳を振り上げる。それを振り下ろそうとしたところで、アキがその拳を掴んだ。
「なんで止めるんだ!?」
その言葉に、アキは怯むことなく見やる。
「オレンジプレイヤーになりたいなら別やけどな」
「……っ!」
拳を振り上げた男のプレイヤーアイコンはみるみるうちにオレンジ色に近づいていっている。周りのNPCが見ていることによってもカルマ値が溜まっていくのだ。
そのことに気がついた彼は、悔しそうに舌打ちをしながら手を振りほどく。
「二度と顔を見せるな!」
吐き捨ててから、酒場の中へと戻って行く。
残された男は尻もちをついたまま、うなだれている。肩を震わせ、か細く泣いていた。よく聞いてみると「すまねぇ」と小さく呟いている。
「やっぱり人間って面白いのぅ」
趣味悪く笑っているルシに対して、静かにするようにヒカルは口元に人差指を当てる。
彼女はどこか不服そうに唇をとがらせた。
「それで……」
切り替えるようにヒカルはアキへと視線を移す。
「こいつどうするんだ?」
「そりゃ、話を聞くに決まってるやろ! こんなチャンスまたとないんやから」
「はぁ、だろうなって思ったよ」
いまだに尻もちをついているローブの男に向かって、ヒカルは手を伸ばした。
伸ばされた手を見つめて、彼はどうするか迷うように顔を揺らす。それから手を振り払った。
「こんな俺なんかに手を貸すんじゃねぇよ」
ひどい自己嫌悪に陥っているようだ。そんな彼に向けて、ヒカルは地面へ尻尾を叩きつける。
目の前には、ここは安全圏内ですという旨のメッセージが出現した。
「な、なにすんだよ!?」
「勝手に手を貸すって勘違いしてるからだろうが、俺は別にお前に同情するために来たわけじゃない」
「じゃあ、何のために来たんだよ」
「お前が、なぜ仲間を裏切るような真似をしたか聞きたいからだ」
その言葉に彼は動揺し、息を呑み、顔を俯ける。
「あかんであかんあかん。情報を聞き出すのに直球過ぎたら話さんやろ」
それを見ていたアキが、誂うように耳や尻尾を揺らす。彼女はゆっくりと彼に近づいて、視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「なぁ、あんた。もしかして誰かに何か言われたりした?」
「何も言われてねぇよ……」
「何も言われてないのに、今までの仲間を裏切る真似はせんやろ?」
「……」
黙りこくる彼に向かって、アキは顔を限界まで近づけた。
「そう言えば、あんたを誰かと一緒にいたところを見かけたって人がいたんやが、誰やったんかな?」
「ちが……っ! そいつは関係ない!」
「ふーん、うちはまだ誰かどうか聞いただけやで?」
その言葉を聞いて目を見開き、諦めたように彼は息をついた。




