第八十六話
この地域の町は『ツンドリア』というらしい。人々が細々と生き、身を寄せ合って過ごしてきた町のようだ。しかし、最近は冒険者たちが現れたことによって、活気を増させている。
そんな設定の町らしい。
宿屋の椅子で息をつきながら、ヒカルは静かに尻尾を揺らしていた。窓の外から見える景色には、攻略勢のプレイヤーたちが忙しなく歩いている。
久々の安息の地で、ヒカルは溶けるように椅子に深くもたれかかった。
そんなとき、ドアが激しくノックされる。ヒカルが返事をする前に、開け放たれる。入ってきたのは猫耳猫しっぽのよく見知った顔である。
「アキか……」
「なんやなんや、うちのことを歓迎してないようなその顔は」
「じゃあもっと自分の行動を顧みろよ」
「これがうちやもん。プレイヤーの懐に入り込んで、情報を取る。それがうちの役目やで」
いつものエセ関西弁に、安心するように息をついた。
「それで……」
椅子に座り直して、彼女の顔を見る。
「俺の話を聞きたいのか? それとも、この町の不穏な空気のことを伝えに来たのか?」
「うちとしては前者の話はとっても興味があるけど、今回は後者やな」
「はぁ……一難去ってとはまさにこのことだな」
ゆっくりとできると思っていた分、何よりも心にくるものがある。半笑いを浮かべて、大きく肩を落とした。
「それで、何があったんだよ?」
「局所的に裏切りの話が相次いで出ているなぁ。特に『結社・ウィッチャー』っていう攻略チームは半壊気味になっとる」
「……裏切りね。まぁ、そろそろ出てくる頃合いではあるだろうよ」
このゲームはデスゲームだ。どうしても人々の心は分かれてしまう。
最初同じ目的を持って動いていた心は、時間が経てば経つほど乖離していく。
自然な帰結ではあると思うのだが、アキはどこか納得していない様子で眉根を寄せている。
「別に小規模の裏切りなら何ともないし、他のチームが崩れようともうちらには関係ないと思うで? でも、今回は規模がでかすぎるんや」
「……つまり?」
「裏で誰かが操作してるとしか、思わんくってな。実際、『結社・ウィッチャー』のMPKを仕掛けた裏切り者の話も聞かせてもらったけど、要領を得なくてなぁ」
「おいおい、アキのチームは情報を扱ってるんじゃないのか? 役に立たないな」
ヒカルのその言葉に、彼女はムッと唇を尖らせた。
「そりゃ、うちのチームは情報専門にやってるで? でも、最新情報はどうしても伝えられんこともあるやろ?」
「あー分かった。お前の魂胆見えてきた気がするよ……」
呆れたようにため息をついて、ヒカルはさらにだらしなく椅子にもたれかかった。尻尾はリラックスするように垂れている。
「完全に協力する気がないって感じやな?」
「その通り。俺はこれでも、遭難から帰ってきたばっかりなんでな」
あの村では色々あった。それにまだ、ドワリンドに返すお金も作らなくてはならないのだ。少しくらいゆっくりさせてもらいたいものだ。
「関係ないって顔してるところ悪いけどな。これ以上悪化すると、ヒカルにも影響出てくるで?」
「……なんでだよ、俺は関係ないだろ?」
「そうやな、関係ない。だから、うちは顔見知りには全員こうやって警告しに回ってるんや。関係ないからこそな」
勿体ぶるように言うアキ。仕方ないなと小さくため息をつきながら、ヒカルは姿勢を正す。腕を組みながら、真剣な表情を彼女へと向ける。
「今回の事件あまりにも裏切りの発生頻度が高いんや。裏で誰かが関わってる可能性が高い」
「その関わってる奴らにあては?」
「こんなヘイトを集めるようなことをするチームは、一つしかあらへんやろうな」
「……モルドレルドのチームってことね」
彼らのチームなら、攻略を停滞させるようなことをしても納得するしかない。
モルドレルド自身、人を殺すのも含めてデスゲームを楽しむことだとのたまっていた。つまり、殺し合いが起きて一番楽しむのはあいつだということだ。
面白くねぇなと、ヒカルは苛立ちを尻尾の揺れで現す。表情は明らかに不愉快そうに歪んでいた。
「ま、警告はしたで? あんたがどう動くかはもううちの関係するところやないわ」
「……待て、俺も協力する」
その言葉に、彼女は待ってましたと言わんばかりに満面の笑みを浮かべている。
「えらい心変わりやなぁ」
その上で、意地の悪そうなことを言ってきた。
「……俺がモルドレルドにどんな感情を抱いているか知ってるだろ?」
「当然や」
その確信したような言葉が、さらにヒカルの苛立ちを大きく掻き立てた。




