第八十五話
後方から少しずつサファイアウルフが迫っている。
何体かロッドウィグが弾いていたが、それでも飲み込まれるのは限界が近い。
ミサキの矢はもうなくなっている。一応予備のナイフを装備しているが、それほど役に立つものではない。
「……まずいですね」
ロッドウィグが何体かを斬り伏せる。それでも、目が血走り牙をむき出しにするサファイアウルフは止まることを知らない。
「ひっ!」
「し、死にたくない!」
上擦った『結社・ウィッチャー』チームの二人の声に、ミサキは片眉を動かした。
「あんたら、攻略チームのメンバーっすよね!?」
その声は、苛立ちが混じっている。
「そ、そうだけど!」
「死んだらすべてロストするんだぞ!? 誰だって死にたくないだろ!?」
「少しは抵抗しようとかそういう気概を見せれないっすか!?」
ミサキの脳裏に浮かんでいるのは、追い込まれても戦っているヒカルの姿だった。彼女はどれだけ不利になろうと足を進めていた。
ローブ姿の男の襟首を掴みかけて、手を止めた。宙空に浮かんだ手を握り、そのまま下げる。
「言い合ってる暇はありませんよ!」
ロッドウィグの少し焦った声が聞こえる。
ルーフェルの斧を振り回すのも、壊れるのを気にしてか最小限になっている。
それでも、狼の数は止まらない。
必死に足を動かす。雪に足を取られながらも、前へと進む。
町の近くまで逃げれば、もう狼は追ってこない。そうなれば、ミサキたちの安全は確保される。
しかし、現状はそう簡単ではない。
ミサキたちはへっぴり腰になっているローブ姿の二人を守るように走っている。簡単に追いつかれてしまう。
そのたびにロッドウィグが剣で弾くが、数体を対処したところでどうしようもない。彼の体はもう何回か噛みつかれている。
「俺の斧も限界だぜぃ……!」
ルーフェルも既に斧を振り回さず、蹴りや拳で対処していた。
ミサキはナイフを強く握りしめ、飛びかかってきた狼の口に突き刺す。
近くの二人から上擦った悲鳴が漏れたので、ナイフを引き抜きながら睨み上げた。
「せめて回復して援護しろっす!」
その言葉に、女の方は慌てて頷いて杖を構えてダメージを負ったロッドウィグの回復をしだす。
ロッドウィグは礼を言う余裕もないのか、頭を少し下げるだけだった。
じわじわと首を絞められているような感覚だ。風前の灯火というのは、こういうことを言うのだろうか。
狼たちの目が餌を求めているように感じた。もうすぐ終わりかと体が震える。
そんなとき、一際大きな遠吠えが聞こえた。サファイアウルフたちの動きはピタリと止まり、声のした方へと振り向く。
あれほど血走っていた目には、理性的な光が宿っていた。興奮で息が荒くなっていたはずの彼らはどこか落ち着いている。
飛び込んでこない事実に、ミサキどころかロッドウィグやルーフェルも困惑しているようだ。
草木の奥から何かが迫ってくる気配がある。ロッドウィグがただならないことを察したのか、眼鏡をかけ直して剣を構えた。
「油断しないでください……!」
彼の言葉に、ルーフェルとミサキは頷く。
何がやって来るのかと身構え、喉の奥を鳴らした。
ヒョコリと顔を出したのは、見覚えのある女の子の顔だ。悪魔族の彼女は、身構える自分たちを見て目をパチクリとさせていた。
「……こんなところで何やってんの?」
ヒカルだった。生きてたと、ミサキの腰が抜けそうになる。
彼女のあとに続いて、サクラとベルが顔を出す。最後に見知らぬ三対の羽を持った少女が顔を出した。
「よかったっす」
感極まり、足が動く。ロッドウィグの制止も聞こえず、駆け出した。
ミサキは友達であるサクラに深く抱きついた。彼女は驚いた顔をしてから、ゆっくりとミサキを抱きしめ始めた。
「かっかっ! 感動の再会ってやつかの?」
少女の笑う声が聞こえてくる。それでも反応することはできず、サクラの胸元に顔を埋め続ける。
「待ってください! ここはまだ、サファイアウルフたちの群れの中ですよ!」
ロッドウィグの大きな声に、ミサキはハッとして顔を上げた。ナイフを構え直して、攻撃に備える。
「あー……それなら、大丈夫だ」
その声にヒカルがどこか苦笑しながら答える。一匹のサファイアウルフの近くに寄りながら、彼女は喉元を撫でだした。
狼はまるで犬のように甘える声を上げて、尻尾を振っている。
「これは……どういうことですか?」
皆の気持ちを、ロッドウィグが代弁した。
「まぁ、話すと長くなるけど、俺とサクラがいる限りこいつらは襲ってこないから」
その声に、彼は苦笑しながら答える。




