第八十二話
捨てられたような泉がある。教会による女神の祝福は定期的に施されているが、町の業務に忙しい教会は最低限の手入れだけでほとんど寄ることはない。
それはそうだ。犯罪者まがいの冒険者のためにそこを整えようなどと思わないからだ。
オレンジプレイヤーが復活する泉で、ユウェイルは裸で暴れ狂う。湖の水を八つ当たりに撒き散らしていた。
「落ち着けヨ、ユウェイル」
「あぁ!?」
聞こえた声に、睨みをきかせる。そこにいるのは、痩せぎすの髭面の男だった。
緑色のアイコンは優良プレイヤーを意味する。
「ラインスロットが何のようだ!?」
「モルドレルドから、お前を下につけると命令があったもんでナ」
「は? はぁ!? なんで俺様がお前の下につかなきゃいけないんだ!? 俺様はまだまだまだまだやれるぞ!」
怒り狂っている彼に対して、ラインスロットは皮肉げに肩を竦めた。
「その理由はお前が一番良く知ってると思うけどナ」
「わからないね! 俺様は負けてねぇ!」
「お前が負けを認めなくても、周りはすでに負け犬扱いなんだヨ」
彼の挑発するような声に、ユウェイルは怒り狂った声をあげながら突っ込んでくる。
それをラインスロットは冷静に右腕を斬り落とした。
「ぐああぁ!」
「まだ殺されないだけ温情だと思えヨ? オレンジになった挙げ句、格下に負けたお前をまだ使ってやるとモルドレルドは言ってるんダ」
「誰がお前なんかに⋯⋯!」
「⋯⋯ったく、聞き分けのない犬だナ」
大きくため息をつきながら、地面に這いつくばるユウェイルの右脚を斬り落とす。
みるみるうちに彼の体力は削れていく。
「お前を動けなくして、今まで雑に扱ったお前の手下に簀巻きにして渡してもいいんだゾ? さぞ、いたぶって殺してくれるだろうナ」
這いつくばるユウェイルは、悔しそうに奥歯を噛んでいた。
その様子を見て、ラインスロットが大きな嬌笑を放つ。
「精々お前を使い潰してやるヨ! 一人でも殺し、いたぶり、この世から消してくれヨ? 人間はみんな、醜く争うのが面白いンダ」
彼の笑いは周囲に響き渡り、不気味に反響していた。
「愛も変わらず趣味が悪いのです」
そんな笑いを少女の声が邪魔をする。天使族の猫宮圭が、無表情で立っていた。不快そうに彼女の羽は揺れ動いている。
「何しに来たんだヨ、圭?」
「その間抜けを回収しに来たのです」
無表情のまま彼女が指差したのは、這いつくばったユウェイルだ。
「は? そいつは俺の手駒だ。モルドレルドにも許可を貰ってるからナ?」
「こっちの仕込みに手が必要なのです。むしろお前のためでもあるのですよ」
「ほう? それはどういう意味ダ」
「仲間割れ、戦争、殺し合い」
猫宮の言葉に、ラインスロットは口の端を限界まで釣り上げる。楽しそうに足を鳴らし、その場でステップを踏んだ。そのまま這いつくばるユウェイルに腰掛ける。
「うぐっ⋯⋯」
悔しそうな声が漏れるが、そんなことは気にしない。
「で、こいつがそんなに役に立つとは思えないけどナ?」
「オレンジに堕ちたなら、使わない手はないのです。精々手を汚す役を任せるだけ」
挑発するようにラインスロットに頭を何回も叩かれ、ユウェイルはブチギレて体を起こそうとした。しかし、太ももを刺される。
「イキるなよ負け犬。お前がどれだけ騒ごうが、くそ雑魚には変わり無いだロ?」
「てめぇら⋯⋯人を散々散々散々コケにしやがって!」
「暴力だけが取り柄だったのに、お前が負けるからなのです。お前はオレンジ、私たちがどう扱おうが私たちのカルマ値は変動しないのです」
ユウェイルはそのまま拳を握りしめて、黙りこくる。震える体は、怒りを露わにしていた。目は血走り、今すぐにでも人を殺すような勢いだ。
「そんなお前でも使い道を与えてやってるのです。感謝するのですよ」
「はっはー! 圭にまで顎で使われるなんざ、いよいよ終わりだネ」
「私をみくびってないですか? 少なくとも、お前よりは動いてるのですよ」
「俺が見たいのは殺される人間たちだからネ」
恍惚とする彼の言葉に、猫宮は長いため息をつく。呆れたように半眼で睨みつけた。
「その光景を見るために、自ら動こうとは思わないのです?」
「やだよ面倒くさい。知略戦略はモルドレルドやお前の領分だロ? 俺は俺の手を動かさずに人間たちが争うところだけを見たいのサ。そして、憐れにも俺に歯向かってきたやつを、恐怖に刻み込みたいネ」
「本当、趣味の悪い奴です」
二人の会話が続く中、ユウェイルはただ怒りで震えてることしかできなかった。




