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第八十話

「大丈夫かヒカル」


 フェンリアルが心配そうに顔を近づける。撫でると、どこか嬉しそうに目を細めていた。


「ごめん、フェンリアル。利用するようなことをして⋯⋯そのせいで、狼たちが」

「心配するな。元来魔物とはそういう定め。人に殺され殺す存在。それに、ヒカルがわざとでないとわかってるから大丈夫だ」


 フェンリアルの発言に、なぜだか胸が痛む。瞳は細かく揺れ、尻尾を元気なく垂らした。


「ヒカル!」


 サクラが近寄ってくる。彼女は抱きついてくると、胸元に顔を埋めた。

 肩が小さく震えてる。


「どうしたんだよ?」

「ヒカルは馬鹿です! 大馬鹿です!」

「⋯⋯そんなこと言われても仕方ないだろ」


 相手から仕掛けてきたのだ。自分は生き残るために必死だった。それだけだ。


「分かってますです。わかってるからこそ、辛いです!」


 彼女は顔を上げた。涙目になっている瞳は、揺れていた。

 困ったようにフェンリアルの方を向くと、呆れたように顔を振る。


「女の子ってそういうものではないか? ヒカルもおなごならわかるだろ?」

「いや、俺男だから⋯⋯」

「おと⋯⋯え? 男?」


 ヒカルの言葉に面を食らったように瞳を大きくする。フェンリアルはヒカルの体を上から下へと見渡した。


「冒険者って不思議な生き物だな」

「それ、フェンリアルにだけは言われたくないんだけど」


 慰めるようにサクラの肩を擦っていると、半壊したドワリンドの家からルシが姿を表した。相変わらず彼女は寒そうな格好をしている。

 三対の羽をゆっくりと動かし、ニヤケ面をこちらへと向ける。


「やるではないか。わんころを利用するとはの」

「⋯⋯ルシフォート・アライアント」


 その言葉を放ったのは、フェンリアルだった。明らかに動揺した様子で、数歩下がる。


「誰がうちの名前を言っていいといった? 不敬であるぞ」

「ルシファー様のむす──」

「不敬といっているのがわからぬのか!」


 フェンリアルは気圧された様子である。そのままたじろぎ、地面に伏せ込んでしまった。

 あのフェンリアルが一瞬にして大人しくなったところを目撃し、ヒカルはサクラと顔を見合わせる。すぐに彼女の方へと顔を向けた。


「ルシファーって、七柱の一人の?」


 自分の正体がバレたことに、彼女は明らかに嫌そうな顔をする。


「⋯⋯そうじゃ。うちは……いや、これは言わぬほうがいいな」


 名前と態度からどこか関係あると思ったが、まさかそれなりの地位を持っているものだとは思わなかった。

 サクラが助けた少女は思ったよりも物語に関係がありそうだ。


 かつてミサキは、サクラはリアルの運が高いと言っていた。その力がこんなところでも発揮されるとは思わなかった。


「いや待てよ? だったら、なんであのときサファイアウルフに襲われてたんだ?」

「だから言ったであろう。うちの力は弱体化しておるって。ベルフェゴールの気配を感じて久しぶりに森に来てみれば襲われたんじゃ。どこぞの誰かの管理が甘かったせいでな」

「し、仕方ないだろルシフォート。私はベルフェゴールの魔力で動けなくなってたんだから! むしろ、そこまで弱ってるあなたが悪い!」

「言い訳は無用じゃ! それに自分の管理不行き届きを人のせいに置き換えるでない!」


 ルシに睨まれて、フェンリアルは縮こまってしまう。あの美しい狼が、一人の少女に圧倒される姿は見たくなかった。


「でも、今のルシに怯える必要はないのでは?」

「ひ、ヒカルは知らないから言えるんだ。こいつの怒りを買ったものは、みんな凄惨な目に遭わされている。⋯⋯それに、弱体化してるといっても殺せないとは限らない」

「ほう? つまり、そういった目に遭いたいとわんころ?」


 ルシに睨まれたフェンリアルは完全に黙りこくってしまった。

 状況がわからないヒカルとサクラは、お互いに顔を見合わせることしかできない。


「ま、気にするでない。今は本当に力がないし、ルシファーとはもう関係ないのでな」

「いや、気にするなっていうほうが無理なんだけど⋯⋯」

「それより今はベルフェゴールのことじゃ。あいつの鼻っ柱を折れるなら、うちも力を貸すぞ」


 誤魔化すように言った彼女は、満面の笑顔を見せていた。まるでいたずらを思いついた子供のように屈託がない。

 そんなとき、ドワリンドの家の方から大きな声が響き渡る。


「何だこれは!?」


 慌てて出てきた彼は、半壊した自分の家を見上げていた。言葉も出ないようで、ただ口をあんぐりと開けていた。

 ヒカルはどう説明したらいいものかと、後頭部をかきむしる。

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