第七十九話
ユウェイルの大剣は木の幹を薙ぎ倒した。ヒカルにはギリギリ当たることはなかった。
心臓の鼓動が大きくなる。生きていることに尻尾を揺らした。
「はは! 一回振り下ろしただけで、ビビりまくってるじゃねぇか! 口だけが!」
彼は下品に嗤うと、再び大剣を構え始める。
その光景を見て、ヒカルはただ笑う。
「は、ははは⋯⋯本当に馬鹿だな」
ユウェイルは彼女の反応に眉根を寄せた。不気味そうに、不愉快そうに。
「本当に、本当にお前は馬鹿だ」
「恐怖で頭狂ったか?」
「いいや冷静だ。怒りで沸騰しそうだが、これ以上にないくらい冷静だ」
倒れた木に手をつきながら、よろめく体を起こす。
「もう一度いう、モルドレルドならこんな単純な罠にハマらないし、速攻で終わらせてる」
「⋯⋯は? もういい、死ね」
「お前がな」
倒れた木に刻まれていた結界の印は粉々に砕け散った。効力を失うと同時に、森の方から大きな鳴き声の塊が連なる。
現れた一匹のサファイアウルフが、ユウェイルの手に噛みついた。
「くそが! 犬風情が!」
噛みついた犬の腹部を蹴り飛ばした。数メートル転がった狼は、血を吐いて動かなくなる。
しかし、そのことで逆上した狼たちが更に現れた。
「ここがなんで魔物がいないか考えなかったのかよ」
「は! 見えたぞお前の狙いが! MPKを狙ったようだがな、俺様はそこらの雑魚じゃねぇんだよ!」
大剣を担ぎ振り回す。サファイアウルフたちの体は斬り裂かれ、死体が地面に転がる。その痛ましい光景に思わず下唇を噛んだ。
彼らを巻き込むのは本位ではなかった。しかし、ユウェイルを倒すためにはこれしか方法がない。
絶命していく狼たちに、心の底が震える。サクラのひどいという言葉がヤケに耳へついた。
「まさか、まさかまさか! こんな雑魚で俺様を倒せると思ったわけじゃないよな!?」
「その程度で死んでくれてたら、マシだったんだがな」
「はん! こいつらも俺様に恐れをなして逃げていったぞ!」
確かにサファイアウルフたちは、もうユウェイルに襲いかかってこない。これ以上、殺されるのは無駄だと感じたからだろう。
だけど逃げたわけではない。呼びに行ったのだ。
「さて、邪魔が入ったが⋯⋯次は一発でぶっ殺してやるよ! お前の小細工が通用しないようにな!」
「MPKの基本って何か知ってるか?」
怒りで瞳を揺るがせるユウェイルの前に立つ。
「数でゴリ押す? 違う、それは弱い相手にしか通用しない。お前みたいな中途半端に強い相手だと簡単に蹴散らされるからな」
「その中途半端な相手にも負けてるんだろうが! お前が、他でもないそこのお前が!」
「そうだな。俺一人なら負けてたでもな」
ユウェイルの前にだけ、ウィンドウが現れる。ヒカルやサクラの前には何も表示されない。
そのウィンドウの文章を読んで、彼は片眉を上げた。
「『フェンリアルが怒ってます』? だれだそい──」
彼の言葉は最後まで言い終わらない。地面を大きく揺るがしたからだ。
ヒカルとユウェイルの間に入ったのは、青い毛並みで大きく美しい狼だった。
「我が子だけでなく、恩人の命をもとろうとしたやつはお前か!」
その瞳には確かな怒りの色が滲み出し、牙をむき出しにして吠える。
「フィールドボス!? いや、これはもっと違う⋯⋯おいおいおいおい、どうなってんだよこれは! お前ぇ! 何をした!?」
「さっきの質問の答えだ。相手よりさらに強い相手をぶつければいい」
ヒカルが言い終わると、フェンリアルは吠えた。それは空気を揺るがすものだ。格の違いが、それだけでわかる。
「ちなみに、ここのネームドよりも強いよ、フェンリアルは」
「ふざっけんな! 卑怯者がぁ!」
フェンリアルが飛びかかる。ユウェイルは大剣でガードした。その一発で、ヒビをいれる。
巨漢は数メートル吹き飛ぶ。
威力の違いを見せつける。
「フィールドボスを一人で倒せる実力があるなら、俺を殺せるぞ?」
多くのMMOで設定されているフィールドボスは、ダンジョンボスと違って多人数用に体力も攻撃力も調整されている。一人で倒せるやつがいるなら、それこそもうこの世界のクリアを達成できている。
「後ろでコソコソコソコソと! 正々堂々と戦えや、臆病者が!」
「お前が一発で、この俺を殺せばよかっただけの話だろうが!」
吠えるユウェイルの体は爪で引き裂かれる。空中に投げ出された彼は、悔しそうにポリゴン片となって消えた。
彼の持っていたアイテムと装備が地面に落ちる。
ユウェイルはオレンジプレイヤー。しかも、ヒカルが直接手を下したわけではない。
彼女のカルマ値は、少しも動かなかった。




