第七十六話
大きな遠吠えをフェンリアルが放つ。森の中から狼たちが出てきた。
何をと、一瞬フェンリアルの方を向く。
「我が子らよ! そのものたちを守れ!」
狼たちがフェンリルに噛みつくように飛びかかる。体を飛ばされ、血を出しても止まることはない。
「すまぬ我が子らよ。私が弱っているばかりに⋯⋯」
フェンリアルは悔しそうにしていたが、大人しく座っている。そんな狼を、サクラはポーションを飲みながら一生懸命に治癒していた。
「助かったよ⋯⋯!」
ヒカルは心の底から本気の感謝を述べる。
狼たちに群れられたことで、フェンリルの動きは鈍くなっていた。攻撃を避けるのも容易くなっている。
うまく掻い潜りながら、フェンリアルのほうにヘイトが向かないように攻撃を続ける。
それでも紙一重には変わりない。爪先が掠っただけでも、体力バーがかなり削れていく。
終わりの見えない戦いに、精神も削れていく。
「⋯⋯っ!」
金属が折れるような音が聞こえた。ベルの持っていた剣が完全に消滅してしまった。彼女は申し訳なさそうな表情を作ってから、フェンリルから距離を取る。
いよいよ後がなくなってきたと、ヒカルは気合を入れ直した。
群れた狼たちが、一匹、二匹、三匹と潰されていく。血が飛び散り、ヒカルの頬を汚した。
狼が殺されるたびに、フェンリアルから悲痛の声が聞こえてくる。
まるで魔物が生きているように感じられて、ヒカルの心をもえぐった。例え、ゲームだとわかっていても。
「⋯⋯も、だめだ」
ヒカルの隙をつくように、フェンリルが飛びかかってきた。牙は腕を噛み、体力バーを削っていく。
あと一割を超えたところだった。ウィンドウが表示された。
『フェンリアルの治癒が完了しました』
立ち上がった大きな狼は、唸り声をあげながらフェンリルに突進する。喉元を噛みつき、振り回した。
模倣が本物に勝てるわけもなく、フェンリルはなすすべなく振り回され、飛ばされる。
「良くも我が子らをやってくれたな」
毛は逆立ち、低い唸り声を上げていた。その圧倒的迫力に、ヒカルは声も出ない。同時に心の底から、フェンリアルが敵でなくて良かったと安堵した。
後ろに数歩下がってから、尻餅をつく。そんなヒカルの傍らに、ポーションをがぶ飲みしながらサクラが近づいてくる。
「な、なんとか間に合ったです」
彼女が杖を構えて、回復呪文を唱える。ヒカルが回復されている間、ベルも近くに寄ってきた。
完全に回復したのを見て、息をついた。
「ありがとう⋯⋯」
呟いたヒカルの言葉に、サクラは驚いたように目を見開く。それから微笑みを浮かべてどういたしましてですと言った。
フェンリアルがさらに喉元に食らいつく。フェンリルの体は炎のようにゆらめき、瞳は苦しそうに揺れていた。
声もあげられないまま、霧散する。
たくさんの光となったフェンリルは、森の奥へと消えていった。いくつかの狼が追いかけようと体の向きを変える。
「待て!」
フェンリアルの号令で、サファイアウルフたちは足を止めた。そのままその場に伏せる。
『フェンリルが正式に解き放たれました』
そのウィンドウを見て、フェンリルはネームドボスとしてこれからプレイヤーに袋だたきに合う運命になることを悟る。しかも、それはこの世界が続く限り終わらないだろう。
「一種の地獄だな」
小さく息をついてから、胸を撫で下ろす。とりあえず今は、きちんと生き残ったことを感謝することにした。
「お前たち、助けてくれてありがとう」
フェンリアルが静かに告げた。頭を深々と下げてくる。
「私を助けてくれたことで、ドワリンドも認めてくれるだろう」
「⋯⋯だといいがな」
「はは、まぁあの爺さんはかなりの偏屈だからな。それでも、礼儀がないわけじゃない」
フェンリアルが動いていることが嬉しいのか、サファイアウルフたちは大きな声を上げていた。その様子を見て、サクラが杖をギュッと握る。
「魔物にも、感情があるです」
その顔はどこか悲しげだった。そんなサクラに何か言おうと口を開きかけたが、フェンリアルが大きな足で制してくる。
「人間よ。我々は特殊だ。多くの魔物は共存の道はない。迷うな殺せ。それがこの世界で生き残るコツだ」
「でも」
「でもではない。悪意はそういったところにつけ込む」
その言葉に、桜は何を思ったのだろうか。彼女は口を引き結び、何も言わなくなった。
「私からお前たちにさらなるお礼を授けよう!」
そう言うと、フェンリアルは大きく遠吠えする。同時にウィンドウが表示される。
『クエスト:ベルの故郷が消えた謎をクリアしました。報酬として、蒼狼の救済者がプレイヤーヒカルとサクラに付与されます』
『称号:蒼狼の救済者。永続的にサファイアウルフに狙われなくなります。サファイアウルフたちが味方してくれます。ステータスが微増します』
『全プレイヤーの中で称号初獲得特典。ステータスが微増します』
『フェンリアルとの絆が確固たるものとなりました』
ウィンドウが複数表示され、一連のことが終わったことを意味していた。




