第七十五話
「無茶をしたな⋯⋯」
フェンリアルの声が聞こえる。頭を抑えて体を起こして。
ヒカルの視界がぐらつく足元がおぼつかない。それでも、生きていた。軽く咳き込んで、頭を振る。意識が飛びそうになるのをなんとか我慢した。
フェンリアルはその場に横たわっている。クリスタルが貫かれている後からは、血が溢れ出ていた。
そのまま視線を『闇の剱』に落とす。
紫色の魔力が巻き付いているだけで、特に名前の表記に変化はない。どうやらまだ進化条件を満たしていないようだ。
それでも前進したことを喜ぶべきだろうか。
とりあえず安堵の息をついて、剣を収めた。
「わ、私が治療するです」
サクラがフェンリアルへと駆け寄る。杖を振りかざし、回復魔法を使おうとする。
『ネームドが現れます』
その文字を見た瞬間、ヒカルは駆け出していた。
サクラの首根っこを掴み、後ろに引く。目を白黒させる彼女をベルへと放り投げた。
すぐに状況を理解してくれたベルが、サクラを受け止める。
「ぐ、あぁ!」
フェンリアルほどの大きな狼に噛みつかれる。体力バーが、一撃で半分以上持っていかれた。
『汚染されたフェンリル。フェンリアルの魔力を吸い込み、クリスタルから生まれた幻影。それは、飢餓に悩まされ続けている』
噛みつかれたヒカルはそのまま放り投げられた。背中が
岩壁に激突して、地面に倒れ込む。
顔を上げると、青く揺らめく炎のような巨大な狼が立っていた。
「ひ、ヒカル!」
彼女が近寄って回復魔法をかけてくれる。その隙を狙って、フェンリルは飛びかかってくる。
サクラを庇い、フェンリルに対して剣を突き立てた。
『これはイベント戦闘です。このボスには何も攻撃を与えることができません』
そのウィンドウの文言に、またかよと大きく叫ぶ。まるで、操られたときのベルみたいな展開だ。
歯噛みしながらサクラの手を引いて、フェンリルから距離を取った。
ベルは飛び上がり、華麗に攻撃を決めている。しかし、ダメージを与えられていないのか、フェンリルの動きは鈍らない。
「だめですね」
フェンリルの攻撃を受け止めてから、ベルが近くに着地した。彼女の持ってる剣には少しヒビが入っていた。
「魔力が吸われて、攻撃が無効化されています」
「飢餓状態ってそういうことかよ⋯⋯」
フェンリルはゆっくりとフェンリアルの方を向いた。
こちらに追撃はしてこない。
「まずい! ベル、フェンリルの意識をこっちに向けろ!」
言われると同時に、彼女はフェンリルに飛びかかる。ベルの速さに翻弄されるフェンリルは鬱陶しそうに吠えている。
「見えたぞ、勝利条件⋯⋯!」
ヒカルはそう言ってサクラの手を握った。
「⋯⋯え?」
「サクラ説明してる暇はない、フェンリアルのほうに投げ飛ばすから、あとは回復してやってくれ!」
「え、ええええ!?」
彼女の肯定を待ってる暇なく、投げ飛ばす。地面を数回転がったサクラは目を回していた。それでも言われたことをしっかりと務めようと、サクラは杖を握り直す。
ヒカルは『闇の剱』を引き抜いて、剣先を向ける。緊張で震えているが、それを隠すように下唇を噛む。彼女の尻尾は、不安そうに垂れていた。
「⋯⋯っ」
ベルが飛んできて、再び近くに着地する。
「壊れました」
彼女の持っていた剣は、崩れ落ちてしまった。
それでも、フェンリルはこちらに攻撃をしてこない。あの魔物が狙い続けているのは、弱っているフェンリアルだ。
「新しい剣だ。それが最後だからな」
「⋯⋯わかりました」
ベルに剣を手渡してから、ヒカルは駆け出す。足元に潜り込んで、腹部を斬る。また同じウィンドウメッセージが出てくるが、関係なく斬り続ける。
──今回の勝利条件はタワーディフェンスだ。ゲームではよくあるやつ!
視界の端では、サクラがフェンリアルの傷を回復し始めた。しかし、魔力が足りないのか、大量にポーションをがぶ飲みしている。
フェンリルはヒカルの攻撃が鬱陶しいのか、こちらを足で払ってくる。まるで蚊に絡まれた人間みたいだ。
「はは、虫扱いかよ⋯⋯」
空笑いを浮かべながらも、確実に攻撃を避けてから攻撃する。
「剣の強化が完了しました。援護します」
ベルが飛び上がりながら、フェンリルの背中を斬りつける。
ヒカルは下からベルは上からの攻撃だが、フェンリルは怯む様子はない。それはそうだ、攻撃が食らっていないと、表示され続けるのだから。
それでも、手を止めることは揺らされない。恐らく、止めればフェンリアルはフェンリルに飲み込まれてしまう。
そんなとき、新たなウィンドウが表示された。
『フェンリアルの治癒が一段階完了しました』
やはり間違っていなかったと、ヒカルは攻撃を続ける。




