第七十話
部屋の中は温かな木の温もりに包まれていた。一角に置かれた暖炉が、火を燻らせている。
ベルをソファで寝転がせると、彼女は薄く目を開けた。先程よりも症状はかなり悪くなっている。
ヒカルが周囲を見回してみると、壁にかけられた色々な武器が目に入った。手を伸ばそうとすると、ドワリンドに掴まれる。
「触るな近づくな動くな。お前は特に見てるからな」
頭ごなしに注意されて、ヒカルはムッとする。手首を放されると、わざとらしく表情を歪めた。そのまま大人しく空いている椅子に座った。
「それで、ベルさんはどうなってるです?」
サクラの心配そうな声に応えるように、ドワリンドはベルをのぞきこんだ。
「ふむ、これは完全にワシのせいだ。村の保全を考えているばかりに、そこに住んでいた魔族に配慮せんかった。戻ってくるとは思わんかったからな⋯⋯」
彼はゆっくりと台所に向かうと、踏み台に乗って何やら鍋の中身をかき混ぜ始めた。
「私のせいで⋯⋯ご迷惑をおかけします」
ベルが申し訳なさそうにこちらを見つめる。その瞳はかすかに揺れていた。
息は浅く、汗は止まらない。体は震えている。
迷惑じゃない。そう言葉にはできなかった。心の底では迷惑だと思っていたからだ。
彼女の額に手を伸ばしかけて、その手を止めた。ヒカルの行動に、ベルはどこか悲しそうに見つめていた。
「大丈夫です」
横から割り込んだサクラが、彼女へと笑顔を見せていた。
「不可抗力ですので」
「そう⋯⋯でしょうか」
どこか穏やかな表情を見て、ヒカルは複雑な心境に襲われた。
本当は自分が安心させなければならないのにと、尻尾が揺れ始める。
「完全にサクラに負けてるように見えるの〜」
カウンターに座るルシが、意地の悪い笑みをヒカルへと向けている。
「ふん、この世界はどれだけ困難を抜けられるかぎ大事だろ?」
「ふふふ、どうじゃろうて?」
わざと意識しないように、彼女から視線をそらした。
「ほら、これを飲ませろ」
ドワリンドが鍋を乱暴に机へとおいた。中からはものすごい異臭が漂ってくる。思わず体をのけぞらせたくなるほどだ。
鼻を抑えて表情を歪めるヒカルに、彼は鼻で笑う。
「ふん、悪魔族には特にきついだろ」
「かっかっ! 相変わらずどぎついのがお好きじゃのう」
「うるさい。お前にも飲ませるぞ、ルシ」
「それは遠慮しておこう。まだ死にたくないんでな」
その言葉にえっと声を漏らしたのは、ベルだった。
彼女の震えが大きくなったのだが、その震えは体調の悪さからじゃないだろう。
ベルが助けを求めるようにサクラのほうを見る。先ほどまで寄り添っていた彼女は、微笑みを浮かべながら距離を取る。
続いてヒカルの方に視線を向けてくる。
『ベルが助けを求めています』
『ベルがすごく助けを求めています』
『ベルがとても助けを求めています』
ウィンドウの乱立を無視して、ヒカルも視線を逸らす。
ドワリンドが鍋に大きなスプーンを入れる。持ち上げると、金属が溶けるような音と煙が上がる。
「ほら、これを飲めば楽になる」
「そ、それはこの世から解放されるという意味ではなくてですか?」
「何を言ってる? ちゃんとしたものだ。あの結界は魔力に反応してる。その耐性を作るスープだ」
彼女が涙目でこちらを見つめてきた。
『ベルがものすごく助けを求めています』
表示するウィンドウから目を逸らし、すまんと小さく呟いた。
瞬間、スープを掬ったスプーンが彼女の口に捩じ込まれた。
あのスープを飲んだあと、ベルはすぐに普通に座り始めた。あの弱っている彼女は完全にいなくなった。
しかし、口元を抑えながら気持ち悪そうに喉の奥を鳴らしていた。
「⋯⋯大丈夫か」
「話しかけないでください」
彼女の言葉はどこか辛辣である。しかし、好感度低下のウィンドウが出ないあたり、この展開は仕様上でまかり通っているようだ。
ベルは少し不機嫌そうに、足を揺らしていた。
「少しまずいが、効果はあるだろう?」
ドワリンドの言葉に、ベルは「少し⋯⋯?」と愕然としている。
「それで、本当の頼みはなんだ?」
椅子に座った彼は静かに告げる。
「こんな老いぼれに、その娘がそんなことになってまで尋ねてきたんだ。ただの用件じゃないんだろ?」
「えっと──」
「お前には聞いてない! 悪魔族の娘!」
ヒカルは開きかけた口を閉じてムッとする。心の中で彼へと舌打ちした。
「かっかっ! 簡単なことじゃ」
代わりにカウンターに座っていたルシが口を開いた。
「ベルフェゴールを殺せる武器を作製してほしいだけじゃ」




