第六十七話
昨日光っていた木の幹の部分をヒカルは見つめる。あそこの幹に描かれている文字が光ると、サファイアウルフたちを追い払ってくれたのだ。
それは一体誰が書いたのか、なんのために書かれたのか、当然ヒカルにはわからない。
「本当に見せちゃって良かったんですか?」
ボーッと見つめ続けるヒカルに、サクラが横から声をかけてくる。
「何が?」
「あの剱です」
「別に減るもんじゃないしな」
そういうヒカルの腰には、『闇の剱』は提げられていない。ルシがしばらくみたいってことで手渡しているからだ。
そんなヒカルの返答に、彼女は驚いた表情を見せていた。
「……何だよ?」
「だって、これは自分のものだからだめだーって言うと思っていたのです」
「サクラの中で俺はどんだけ自分勝手なんだよ」
呆れ混じりのヒカルの声に、サクラは微笑みを浮かべる。
「日頃の行いです」
「ま、否定はできないわ」
確かに自分は合理寄り。なのに完全に感情を捨てられない中途半端な人間だ。しかもそれを悪いとも思っていない。
今回のことだって、合理があると判断したからこそだ。
選択するフラグが立ったのなら、ルシも物語に関わってくるキャラクターだ。だからこそ、ここで断ってしまえば、何かしらの不利益を被ると思った。
これが罠の場合もあり得るが、その時は選択の結果なので受け入れることにした。
「それで何を見ていたのです?」
サクラに尋ねられて、ヒカルは木の幹を指差す。
「あれが光ったから結界が発動したんだよな?」
「……昨日のを見る限り、そうだと思うです」
「つまり、ここら一帯は魔物が入らないようにされてる。だれがなんのために?」
サクラはヒカルの問いに答えられないようだ。ほとんど自問のようなものだったので、気にするなと苦笑を漏らす。
吹雪く中、違う木にも近づいてみる。そこにも同じような文字が刻まれている。おそらくそれは、村を囲うように刻まれているのだろう。
「ここにいたのですか」
ベルの声に反応して、尻尾を揺らした。木の幹に刻まれた文字に触る。
「何をしているのですか?」
「昨日の狼の群れを追い払った文字のことが気になってるようです」
「あぁ……」
納得するようなベルの声が聞こえてくる。彼女は素早く近寄って、いつの間にかヒカルの背後に立っていた。
「確かに私も気になりますね」
その言葉に、尻尾がピクリと反応した。振り返り、彼女の顔を見る。
「昔から刻まれていたんじゃないのか?」
「いえ、私が住んでいた頃は村の者が警らに出ていたので」
「つまり、ベルが村を出てから新たにここに刻んだのか」
なんのため。単純に考えれば、誰かが村を拠点化するためだ。しかし、この廃れた村を拠点化する意味があるのだろうか。
そして何より――この文字の存在を、ルシは“最初から知っていた”。
彼女がつけたものだと一瞬考えたが、それはないと否定した。
あの群れを入ってこれないようにできるだけの力があるのなら、そもそも追われてはいない。
「ベル、ちょっとこの文字に触ってみてくれないか?」
ヒカルの提案に、少し目を見開く。諦めたようにため息をついて、ヒカルと入れ替わるように木の前に立った。
ベルはゆっくりと手を伸ばして、文字に触れる。それは青い光を発して、彼女の指の先を電気のようなものが流れた。
手を引っ込めて、ベルが不機嫌そうに手を擦る。
『ベルの好感度が少し下がりました』
そのウィンドウが出たことに、ヒカルは苦笑する。彼女は手を擦りながら涙目でこちらを睨んできた。
「ありがとう、助かった」
「……それなら良かったです」
その言葉はどこか刺々しかった。NPCに嫌われただけだと割り切ろうとしたが、どこか心の底でもやもやがつのる。
サクラに少し毒されたなと、額に手を当てた。
「それでなにか分かったのです?」
ベルのことを治療しながら、呆れ顔でサクラが見つめてくる。
「わからん。余計に謎が深まった」
「そ、そうなのですか」
やはりこの文字は魔族にも反応している。魔物よりは軽度だが、体力が削れるほどであった。
しかし、ヒカル──プレイヤーが触っても何も反応はしない。
何かしらの法則が組み込まれている可能性が高い。
やはり直接ルシに尋ねるほうが早いか。あんまり気が進まないし、何かしら言われるのが目に見えているが。
しかし、こういった細かい謎を放っておくこともヒカルにはできない。やはり何かに関わってきそうなことは調べておいて損はないからだ。
だが、ここにいては何も解決しないだろう。
「そろそろ冷えてきたし、村に戻ろうか」
白い息を吐きながら、二人に進言した。




