第六十四話
結局、ミサキは飛び出す勇気はなかった。
こっちに次元の穴で飛ばされた時、早々に狼にやられてライフが一個失っている。だから新地域の町で復活することができたが──
それは不幸中の幸いであって、次死ねばリーチがかかってしまう状況に変わりない。そうなったら本格的に動けなくなる。
確信を持っていないと動けない。アキの言ってることはまんま当てはまった。
だからこそ悔しかった。何もできない自分が。
借りた宿屋で一晩過ごした。窓から差し込む朝日に押されて、ミサキは目を覚ます。
もそりと起き上がって、膝を抱えるようにベッドの上に座った。
フレンドリストを呼び出して、サクラとヒカルの名前を確認する。少なくとも、まだ死んでいない。
ノック音が聞こえる。しかし、彼女は顔を上げなかった。
「ちゃんといるやんか。返事してくれな困るで?」
顔を出したのは、アキだった。こっちを見つめてくる彼女から逃げるように顔を背ける。
「……なんや嫌われてもうたな? このまま部屋に引きこもっとくか? うちらはギルド役場に少し顔を出してみようと思っとるけど」
「……行く」
もそりとベッドから降りて、装備を整える。
前に持ってた武器や防具はロストしてしまった。しかし、ここで店売りされている装備は、勝るとも劣らない性能だった。
着替え終わると、数メートル後ろからアキへついていく。
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ギルド役場は町に必ず一つはある。冒険者たちのお助け場として成立しているが、それ以外にも住民たちの悩み相談から問題解決まで当たっている。
現実で言うところの、市役所みたいな場所だ。
「ロッドウィグ、なんか良いクエストあったか?」
前方を歩くアキが、先についていたロッドウィグに話しかける。
「魔物退治に雪かき。薬草取りに、素材集め。ダンジョン系はまだ開拓されていませんから、貼り出されていませんね」
「なんやったけ? ヒカルが初心者村でメインストーリーを見つけたクエスト」
「草むしりですか?」
「そうそう。それなら、それ系を受けてみたらどうや? 雪かきなんてうってつけやろ?」
彼女の言葉にロッドウィグが眼鏡をかけ直す。
「僕も考えましたが、その可能性は低いと思いますね」
「なんでや?」
「今の物語の軸は、ベルとヒカルの持っている剱です。ここで地味に好感度を稼いで現れるような隠しクエストは盛り込みにくいと思いますが」
二人が話してる間に、ミサキはギルド内にいるプレイヤーを観察する。やはりここにもサクラやヒカルの存在は確認できないかと、小さくため息をついた。
プレイヤーは白い鎧をつけた者が多い。ついてる紋章は、ロッドウィグと同じチームを表したもの。
やはり最大攻略チームは動きも早かった。
「どうしたんのですか?」
ボーッとしていたのがバレたのか、ロッドウィグがこちらに視線を向けてくる。
「いや、『クロス・オーソード』は強いなって思ってただけっす」
その言葉に、ロッドウィグは眼鏡をかけ直した。
「まぁあまり自慢できたことではないですけどね。自分たちが正しいと増長し始めてるのも確かですから」
「おいおい、こんな公の場でそんなこと言っていいんかいな?」
「口が過ぎましたね。でも、中には先を越されて悔しがっている人間もいるのは事実ですから」
そういった眼鏡の奥の瞳は、どこか悲しげだった。
しばらくこれからのことを話し合っているとき、聞き覚えのない声が響く。
「おうよおうよ。ロッドウィグてめー元気にしてたかぃ!」
それは快活で野太い声だった。
「ルーフェル。来てたんですね」
「あったぼうよー! 俺だって部隊任せれてる隊長だぜぃ! 今回の先遣隊の一員として来たってところだぜぃ!」
ルーフェルと呼ばれたプレイヤーは嬉しそうな笑みを浮かべている。茶色短髪にガタイのいい体。身に纏っている白銀の鎧が眩しい。
一目でロッドウィグと同じチームの人間だということがわかる。
「それで、なんでその人たちがここにいるんですか?」
そのすぐ後に、ロッドウィグは訝しげな目を向ける。
ルーフェルの後ろについていたのは、白色の軽装鎧を身に纏った二人の男女。ミサキもよく知っているプレイヤーだった。
「カイザーに猫宮っすか」
「お、ミサキもこの町に来てたんだな?」
エルフ族の背の高いカイザーは、気さくにミサキへと手を上げた。一方、天使族の猫宮は、少し照れくさそうにしながら頭を下げる。
「ここで知り合いに会えて嬉しいのです」
「俺たち縁があるかもな!」
二人の言葉に素直に喜ぶことができずに、曖昧な笑みを漏らすしかない。
「で、サクラとヒカルって子はどこに行ったんだ?」
「今はちょっと別行動してるっす」
カイザーの問いを、ミサキは誤魔化した。




