第六十三話
MMORPGで一番盛り上がるのは、やはり新マップが解放されたときだろうか。
ミサキもそこそこのゲームをしてきた身ではあるから、その気持ちはわからなくはない。しかし、今はそんな気分にはなれなかった。
新たに解放された雪マップ。正規ルートで入ると、この町に必ず落とされる。噂を聞きつけたプレイヤーたちが、続々とこの町に入りつつあった。
入ってくるプレイヤーの顔を逐一確認するが、サクラの姿はない。ヒカルの姿も見当たらない。少なくともヒカルと合流しててほしいと、ミサキは心の底で祈る。
「そんな焦ってもどうにもならんで?」
アキの声が聞こえて、ミサキは振り返った。いつもの猫耳猫尻尾の彼女はどこか余裕そうな佇まいだ。
彼女の振る尻尾を無視して、もう一度転移門から入ってくる人間を見つめる。
「そもそもうちらは正規でここのマップに来たわけやない。そこから入ってくる可能性は少ないやろ? それに死んだらあんたみたいにこの町の教会で復活できるんとちゃうか?」
「……でも、何があるかわからないっすよ。このゲーム、まだまだ謎があるんだがらひょんなことで一発アウトの危険性だってあるっす」
「……ま、そこは否定せんな。この町についた瞬間、個人チャットも解放されたし、うちの持ってる転移できるユニークアイテムも使えるようになった。何かイレギュラーが起こっていることは間違いないな」
しかし、そのイレギュラーはプレイヤーからしたらといったところだ。開発側からしたら想定内の可能性が高い。
つまるところ、自分たちはいまだにゲーム開発の手の上で踊らされている。
このゲームには開発への信頼という文字はない。
「町中を一通り確認しましたが、やはり見当たりませんでしたね」
声に振り返ると、そこには眼鏡をかけ直しているロッドウィグが立っていた。
「もう夜も遅いです。今日は休んだほうが懸命ですね」
「私は良いっす。まだ探し回れるっす」
「……そうも行きませんよ。今や僕たちは同じパーティーです。二人とベルの行方を追うためにも、あなたにも休息は必要です」
「休みたいなら休めばいいっす」
ロッドウィグの視線は冷たい。それから逃げるようにして、ミサキは目を逸らした。
横でやり取りを見ていたアキは面倒くさそうに大きなため息をつく。
「うちもロッドウィグの言うとおりにしたほうがええと思うわ」
「……いやっす」
「あんな? あんたのために言ってるんちゃうねん。みんなのために言ってるねん。見つかったとき、助けがいるとき、その時に一人でも動きが鈍い人間がいたらどうなると思う?」
彼女の言葉に、考えるように視線を動かす。何も言い返せなくなって、気まずそうに目を逸らした。
「仮想世界といえど、休憩を取らないと精神的疲労が訪れます。僕たちは見捨てたいからと言ってるわけではないのです」
彼の言葉に手を固く握った。唇を噛み締め、目を固くつぶる。
震える肩を隠すように、彼らから体を背ける。喉の奥が乾くような感覚に蝕まれる。
「フレンドリストは僕たちも監視しておきます。いまは、少しでも体を休めてください。正直な話、僕たちは戦い続きだ……約一名、楽していた人がいましたが」
「あっははー。それは誰のことやろうな?」
アキの嘘くさい笑いに、ロッドウィグは大きなため息をついていた。
彼女は両手を上げて、降参するようなポーズを取る。
「わかったわかった。ミサキの説得にノッた以上、うちが責任持って監視しとくわ」
どこか緊張感のない彼らに、ミサキは心の底から嫌悪する。
拳を握った指の先は、白くなっていた。
「お前たちは強いからそんなことが言えるんだ!」
その言葉は雪の町中に響き渡る。
驚いたプレイヤーたちが、ミサキのことを見つめた。
注目を集めることも構わず、彼女は続ける。
「サクラは……サクラは弱いんだ! 何があるかわからないんだよ! 彼女が死んだらどうなってしまうか──」
涙声の彼女に、アキが大きくため息をついた。
「だったら、一人でいけよ」
そこ声はいつものおちゃらけた雰囲気とは違い、どこか心の奥に刺すような重さがある。
思わぬ圧に、ミサキは二、三歩後ろに下がる。
「一人で行く勇気もないやつが、理想を語るなよ? うちらだって本当は探し回りたいんや。だけどな、助けに行く人間が助けに回られる側に堕ちたら本末転倒やろ?」
「……勝手に僕を巻き込まないでくれますか?」
ロッドウィグは眼鏡をかけ直す。その目は、アキと同じ冷たさが混じってる。
「ここは誰も開拓したことのない新しい場所や。今までの無茶が通ると思ったら大間違いやで?」
彼女の言葉に返せなくなり、ミサキはただ立ち尽くすしかない。




