第六十二話
廃村の輪郭が大きくなってくる。吹雪の中でも、崩れた家々がはっきりと見えた。
しかし、サファイアウルフの群れは、いまだにすぐ後ろへ迫っている。ヒカルの腕からは、引っかかれた跡がつくように、ポリゴン片が散った。
体力バーが、赤色へと変わる。あと一回でも引っかかれたら終わりだ。
サクラを残すより何よりも、物語の軸が彼女に移ってしまうことがヒカルは嫌だった。だからこそ、足を雪に取られながらも走り進める。
「ほれ! あの木を超えろ!」
おぶった少女が身を乗り出しながら、指を差す。その先には、何か文字が掘られている木があった。
脚に力を込めて、一歩高く飛ぶ。そのヒカルのすぐ後ろを大口を開けたサファイアウルフが迫った。
──バチ!
何か感電するような音が響き渡る。すぐに狼は情けない悲鳴を上げて数メートル飛び退った。
何があったのかわからず、足を止める。振り返ると、群れはすぐそこで動きを止めていた。
並ぶ青色の毛並みの狼。赤色の獰猛な目は、血走っている。牙をむき出しにし、低く唸っている。
数匹がこちらを観察するように見回っている。しかし、近づいてこようとはしなかった。
群れの圧に、思わず喉を鳴らす。冷や汗をかくような感覚に襲われて、拳を強く握りしめる。
「こ、これ以上来ないのですか?」
サクラが状況の代弁をしてくれた。しかし、気を緩められないほどの危険が目の前に広がっている。
重なる唸り声はしばらく続いた。しかし、数秒したら遠くから遠吠えが聞こえる。
今までと違う、とても大きく野太い声だ。地を揺らすようなそれは、鼓膜を大きく揺らした。
狼たちはその遠吠えに反応するように、一斉に振り返る。名残惜しそうにこちらを見てから、吹雪の彼方へと消えていった。
助かった。いまだに警戒を緩めてはならないのに、安堵の心で尻餅をついてしまう。
サクラも気が抜けたようで、座り込んでいた。
ベルは剣をしまい、小さく息をついている。
「ふぅ、やっと立てるようになったわ」
少女は笑みを浮かべながら、狼たちが向かっていったほうを見つめている。
「一体、何があったんだ?」
「この村は、第六の柱を信仰しておった。その名残がまだ残っておるのだ」
「第六? 第七じゃなくて?」
「それはそこの小娘がよく知っておろう。のぅ、ベル?」
少女の問いかけに、ヒカルとサクラの視線がベルに集まる。彼女は小さくため息をついてから、「そうですね」と小さく呟いた。
※※※※※※※※※※
「ここは、異常気象で気候が狂いました。かつては花が先、暖かい陽気に包まれていたんです」
元の廃屋に戻り、少し休憩する。吊るされた暖房用の炎を囲んで、ベルの話を聞く。
「少なくとも、私が住んでいた頃はそうでした」
「それがなんで気候変動を?」
「氷の主の侵攻じゃよ。第七の柱の領地で大暴れしたんじゃ」
それの影響で気候の摂理がおかしくなるとは、相当スケールのでかい話だ。。
「なるほど、その余波が今でもここに残っていると?
」
「かっかっ! 哀れよのぅ!」
彼女は羽を動かしながら満面の笑みを浮かべる。まるですべてを見下し高みから見ているような発言だ。
「……それで、あんたは誰だ?」
尋ねられると、少女は皮肉げに笑った。
「知りたいか?」
「少なくとも、俺はお前のせいで危険に遭ったんだ」
「かっかっかっ! 教えてやらん!」
少女の言い方にムカついて、彼女の首根っこを掴む。そのままズルズルと引っ張り、家の外へと出る。
夜の吹雪はいまだに続いており、肌には寒さが突き刺した。白い息が、ヒカルの口から立ち上がる。
「ちょ! な、何をしおる!」
「安全地帯の外に放り投げようと思って」
「や、やめろ! そんなことしたらうちは狼に食べられてしまうじゃろ!」
彼女の言葉に聞く耳を持たず、ヒカルは引きずりながらドンドンと進んでいく。
ヒカルの動きを止めたのは、サクラだった。彼女は両手を広げて立ちふさがる。少し怒るように頬を膨らませていた。
「そ、そんなことするの私が許さないです!」
「……こいつと知り合いか?」
「知りません。この地域に来たときに心細かった私を助けてくれましたです」
「おお、サクラ! 助けてくれたもれ! お主の泣き顔が見れなくなってしまう!」
ジタバタしているが少女は笑っている。言葉から、サクラを助けたんじゃなくて、面白がっていたことが伝わってくる。
しかし、サクラの真剣な瞳に射抜かれて、大きくため息をついた。そのまま彼女を乱暴に放す。
「いた!」
尻を打って擦る彼女の額に、人差し指を突きつけた。
「偽名でもいい、せめて呼び名を教えろ! じゃないとずっとお前って言い続けるぞ」
「何じゃその不敬な呼び方は!」
「お前が教えないからだろ!」
少女は不機嫌そうに脚を揺らしてから、黒い羽を動かす。
「ルシじゃ。それ以外は教えん」
そう言ってそっぽを向いた。




