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第六十一話

 ギリギリだった。ヒカルが駆けつけたときには、サクラの体力がミリであった。

 飛びかかったサファイアウルフを薙ぎ払う。叫び声を上げて、血を出して体を雪の地面に転げる。立て直そうとする青い毛の狼は、そのまま絶命する。


 ヒカルの持っている剱の効果のデバフダメージでなんとか倒せた感じだ。

 狼は個の脅威はそれほどない。しかし、群れとなるとまた違う。


「ひ、ヒカルさん……!」


 彼女の顔に安堵の表情が滲む。


「油断するな!」


 その一言で、サクラは気を引き締め直した。杖を持ち直して、回復魔法を使い出す。

 彼女の体力はゆっくりと回復し始める。いつもは気にならない速度なのだが、異様に焦りを増長させる。


 飛び込んできたサファイアウルフを蹴り飛ばす。その影から、ヒカルへと牙を向けたもう一体が現れた。


「ベル!」


 名前を呼ぶと、ベルはそのまま飛び込んでくる。狼の口を閉じるように剣を突き刺した。

 悲鳴は聞こえなかった彼女の攻撃で、一撃で絶命した。彼女が剣を引き抜くと、狼から血が溢れる。


 その間も、なんとか蹴散らし続けるが、サファイアウルフは森の奥から次々と湧いて出てくる。


「やはりキリがありません」

「サクラ、回復は終わったか!?」

「は、はいです!」


 それじゃあ逃げるぞと、ヒカルは駆け出そうとした。


「ま、待ってくださいです! こ、この女の子も一緒に連れて行ってくださいです!」


 そう言って抱え上げ始めたのは、近くで倒れていた少女だった。三対の黒い羽を持った不思議な女の子だ。


「は、はぁ!?」


 信じられないとでも言うように、サクラの顔を見る。しかし、彼女は至って真面目な表情をしていた。

 自分の命も危ういという状況で、他の人を優先しようとするのか。それもプレイヤーじゃないかもしれない人間を。


 サクラの表情には、助けないなら置いていってと書いてあった。


 置いていくのも手だ。迷い、彼女を置いていこうと足の裏が鳴った。しかし、ヒカルは小さく舌打ちする。

 NPCを見捨てるのと、助けられるプレイヤーを見捨てるのはわけが違う。そして、サクラは命あるプレイヤーだ。例え一ライフ分の命だったとしても、彼女を見捨てたという事実は変わらない。


 見捨てれば、ゲームを満足に楽しめないのだ。自分がそのことに納得できない。


「仕方ねぇな!」


 近くにいたサファイアウルフを蹴散らして、少女を肩に担ぐ。


「ベルはサクラの手を引いてくれ!」

「わかりました!」


 少女の体は思った以上に軽かった。半ば引っ張るようにして運ぶ。

 おぶった少女を落とさないように、担ぎ直した。


「おぉ、いつの間にか寝ておったぞ……」


 背中から驚いたような声が響いた。


「どこの誰かは知らんが、悪魔族の小娘よ助かったぞ」

「感謝は良いから起きたなら自分の足で立ってくれないかな!?」

「それは無理じゃなぁ。力がまったく入らん」


 少女がぐでぇともたれかかってくる。頬に当たる彼女の肌は少しもっちりとしていた。


「本当に力が入らないんだろうな!」

「本当に本当じゃ。大真面目に入らん。これでもか弱い少女ぞ」


 その余裕な口ぶりは、置いていきたい欲を刺激する。

 前を走るサクラが心配そうにこちらを振り返ってくる。彼女と視線が合うと、心配そうに眉根を寄せられた。

 小さく奥歯を鳴らす。やはり置いていくことはできないかと、足にさらなる力を入れた。


「おぉ、ここは」


 少女は少し乗り出すように動いた。瞬間、ヒカルはバランスを崩して転倒しそうになる。後方から迫ってくる狼の噛む音が聞こえた。

 振っていた尻尾に噛みつかれて、痺れるような痛みが前進を筒抜ける。思わず飛び上がりそうになりながら、涙目になる。


「尻尾噛まれるとは不幸よなぁ」

「だ、誰のせいだと思ってるんだ!」

「かっかっ! これも運命ってやつよのぅ!」


 尻尾を噛まれる感覚はこんな感じなのかと、泣きそうなのを我慢する。知りたくもなかったけども。

 尻尾がちぎれてないことを祈りながら、ヒカルは走り続ける。


「……人のこと笑ってると置いていくぞ!」

「それができないからうちをはこんでるのでおろう?」

「……ち」


 ヒカルのあからさまな舌打ちに、背中の少女が体を揺らしながら大きく笑う。

 明らかに馬鹿にしたような態度に、やっぱりおいていけばよかったと後悔する。


「まぁまぁそう怒り狂うでない小娘。もう少し走ったら安全地帯じゃ」

「……は?」


 わけがわからないというような声を出しながら、足が雪で滑りそうになった。

 

「村に向かっておるんじゃろ? ならば、大丈夫じゃろうて」


 少女の言葉の真意を理解するまもなく、ベルの声が響く。


「見えてきました!」


 顔を上げると、少し先にベルが住んでいた村が見えた。

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