第六話
ドアを開けるとすぐに階段があり、降りることになった。明かりは点在する松明しかなく、ひどく薄暗い。村中の生活水が流れているからか、臭いはきつくなっている。
階段を降りきると、冷ややかで湿った空気が肌を刺激した。石畳は滑っており、裸足のヒカルはその感触に思わず顔をしかめた。
流れている水を見ると、底が見えないほど濁っている。
サクラは杖を胸の前で握りしめながら、少し後ろをついてくる。その肩は震えていた。
やはり最初の村にいるプレイヤーらしく、戦闘経験は少ないのだろう。周囲を警戒する瞳には、怯えが混ざっている。
「サクラは回復系の魔法使える?」
「え、えっと杖だから、初級回復魔法くらいなら使えるです」
「分かった。だったら、戦闘はこっちに任せて回復に集中してくれ」
その言葉に、今日何回目か分からないほどの無言での頷き。揺れる彼女の頭を見つめる。本当に大丈夫かなと、ヒカルの尻尾は揺れる。
足裏のぬめりの気持ち悪さに眉をしかめながら、暫く歩いていく。松明がついているとは言え、少し先は目を凝らしてもよく見えない。いつどこから魔物が出てくるかも分からない状況は、不安感を掻き立てる。
後方のサクラは、控えめにシャツの裾を握ってきた。
「そう言えばサクラは復活回数は大丈夫だよな?」
尋ねると少し考えた様子を見せてから、頷く。
「はい、一応三回あるです」
「それならよかった」
ならば、あまり心配することはない。
彼女の周りで考えることと言えば、行方不明になった友達のことだろう。
復活していないということは、死んでいないか死亡回数が使い切ってしまったかのどちらかだ。そして、少なくとも一週間以上経っていることから考えると、可能性は後者のほうが高い。
それはきっとサクラもわかっている。わかっていながらも納得できないから探しているのだ。
だからこそ、ヒカルは死んだ可能性を敢えて口にしなかった。
こういうものは、納得できるまで探し続けるものなのだから。
しばらく歩くと、水の音に混ざって何かが蠢くような音が聞こえた。それを感知するとヒカルは足を止める。
進行方向の暗闇から、光る目が現れる。それも一つや二つではない。
異様な光景に、サクラの服を掴む力が強まっている。肩が震えていることから、怯えている。
下がるというわけにはいかないなとヒカルは判断する。腰に下げていた鞘から剣を引き抜いた。
サクラの喉がゴクリとなった。それを合図に、一つの目が動く。影からあまりにも大きなネズミが現れた。
名前を『汚染されたドブネズミ』という名の魔物は、何かの病気を持っていそうなほど毛が汚い。長い尻尾は嫌悪感を植え付けるように、うねり動いていた。
サクラの喉から小さな悲鳴が漏れる。手の震えがさらに大きくなっていた。
一匹。それだけで終わるわけはなかった。
蠢きの音が大きくなり、闇から数えられないほどのネズミが飛び出してくる。生理的嫌悪を煽るような目線に、鳥肌が立つような尻尾の動き。
とてもではないが、初期村にあるダンジョンとは思えない不気味さだった。
「いやあああああ!」
突如響いたのは、サクラの大きな悲鳴。気持ち悪さに耐えられなくなったであろう彼女は錯乱し、杖を振り回していた。
「ちょ、サクラ落ち着け!」
振り回される杖を、ヒカルはしゃがんでかわした。
ここはダンジョン判定されているのか、村の安全地帯外。そして、このゲームは仲間の攻撃さえヒット扱いになる。
つまるところ、うまく連係を取れないとパーティーが崩壊する設計になっている。
そこから設計者のいやらしさが出ているが、今のヒカルには文句を言っている暇はない。
当然、体勢が整ってくれるのを待ってくれる鼠たちではなかった。
彼らの鳴き声が重なり、一つの獣の咆哮となる。塊となった彼らは、赤い瞳をこちらに向けて飛びかかってきた。
「……っ!」
一匹、二匹と斬ることはできたが、何匹か斬り逃してしまう。そのまま噛みつかれて、ダメージを負う。
幸いなことは、一匹一匹の攻撃力が弱いことだろうか。サクラが回復さえしてくれれば、多くても負けることはなさそうだ。
支援を求めるように、サクラの方を振り向いた。そこに彼女の姿は忽然と消えている。
そのことに、ヒカルの尻尾は垂れ下がる。目の下が短く痙攣した。
「……うっそだろ?」
その言葉はネズミの群れの中に飲み込まれる。いくつもの気持ち悪い鳴き声と臭いに囲まれた。少しは抗おうとしたが、体力が尽きるのを止めることができなかった。




