第五十九話
夜。さらに吹雪は増して木の軋む音が大きくなる。崩れそうなほどの揺れが、家を襲う。
時々不安になって、ヒカルの尻尾が立ち上がる。背中合わせで寝ているベルは、小さくなれる寝息を立てていた。
やはりそこら辺の肝の座り方は、魔族なんだなとわかる。
これはゲームだとわかっていても、何か物音がするたびに崩れてしまわないかと思って心配になった。そんなとき──
狼のような鳴き声が響き渡る。それも一つや二つではない。まるで何かを知らせるように様々な場所から飛び交っている。
異変に気がついたのか、ベルも体を起こした。
「サファイアウルフが暴れまわってますね」
「魔物か?」
「……はい、雪国に群れている魔物です。普段は吠えることさえないのですが」
吠えない魔物が吠えるということは、そういうことだろう。
縄張りに何かが入ったか、それとも周囲でもっと危険な生物でも現れたか。
フレンドリストを再び確認する。名前の欄はまだ変化がない。少なくともサクラやミサキはこの世界から消えてはいない。
「この村は大丈夫です。収まるまで外に出ないことをおすすめします」
ベルが言うのなら本当だろう。しかし、ヒカルには動かないという選択肢はなかった。ゆっくりと起き上がり、腰に提げた『闇の剱』を意識する。
「どこ行くんですか?」
「見に行く」
その言葉に、わかっていたとでも言うように大きくため息をついた。
「後悔しても知りませんよ?」
「まぁ、殺されたら後悔するだろうな」
ベルの物語が停止する上に、『闇の剱』がロストしてしまう。
しかし、やらない後悔よりやる後悔という言葉もある。何が何だかわからないまま、重要なイベントを逃していたら嫌なのだ。
「まぁ、危険だと思ったらすぐ戻ってくる」
「……いえ、あなたに死なれても困ります。私もついていきましょう」
彼女はボロボロのメイド服を一応整える。
「すみません、何か武器になるようなものを持っていませんか?」
問われ、少し戸惑った。しかし、今ごろ騙しうちも何もないかと、予備の剣を渡す。
「あまり店売りの良いものじゃないけどな」
「いえ、剣があれば十分です」
彼女は剣を構えだすと何かを唱える。
『ベルのスキルが発動します。彼女は魔力を使って、武器を強化することができます。この効果はベルの手から離れると消滅します』
『ベルが正式にパーティに加わります。ここからは彼女も攻撃に加わります』
『彼女が死ぬと、物語が大きく変わります。この世界をクリアする難易度が跳ね上がります』
再度の警告は、このゲームのストーリーを押し上げていることを物語っていた。
家の外に出る。吹雪の音がよりましたような気がする。
夜の暗さと吹雪の視界の悪さも相まって、コンディションはいいとは言えない。無茶はできないことを物語っていた。
ついてきたベルが、腰に剣を提げる。
「本当に大丈夫か?」
「魔族形態よりは戦闘力は劣りますが、剣術の心得も一応あります。それに、魔族形態は魔力の消費量も激しく、すぐに消耗してしまうので……」
「まぁ大丈夫だって言うなら何も言わないけど、危ないと思ったら自分の命を優先してくれよ?」
ヒカルの言葉に、ベルは大きく見開いた。
「あなたの命は?」
「俺は冒険者だぜ? 一回くらいならやられても大丈夫だ」
その言葉に、ウィンドウでベルの好感度が少しな上昇したことが表示された。そのことに少し申し訳なくなり、尻尾が揺れる。
別にベルが大切だから言った言葉ではない。ベルが、ゲーム的に死んでは困る存在だから言ったのだ。
ヒカルはまだ彼女をNPCの一部として見ている。そしてそれを自覚していた。
サクラのようにあそこまでの感情移入はできない。
廃村を歩きながら、ヒカルは小さく息をついた。到着したときも思ったが、ここには特に護りがあるわけがない。それなのに、魔物に襲われている形跡はなかった。
初めは、雪国では魔物が住めない環境なのかと考えた。しかし、ベルの口ぶり的にもそのようなことはないらしい。
崩れかけた出入り口を潜りながら、それとなく聞いてみる。
「わかりません。しかし、私が昔村に住んでいたときは、確かに魔物から守る村人もいました」
「つまり、ここが単純に魔物の群れの外と判定されているのか。それとも、なにか隠されているのか」
少し頭を巡らせてみたが、その思考は再び聞こえてきた狼の遠吠えによってかき消された。怒っているその声は、遠くからでもわかるほど興奮している。
「なにかを執拗に追いかけ回してるみたいです」
「……早く行ったほうが吉か」
お互い頷きながら、足を進める。




