第五十八話
ベルについていくこと、数十分。村の入口が見える。いや、だったものといったほうが適切だろうか。
かつては村の名前が書かれているであろう木のそれは、朽ちて倒れている。村の名前もわからない。
中の建物はことごとく崩れていた。人っ子一人見当たらない。まるで襲撃にあってしばらく放置されたかのような場所である。
「ここには、私たちの村がありました」
しかし、人間たちに襲われて消えたという。
ベルは最初は人間を恨んだ。彼らに復讐をしようと、柱の部隊に入った。しかし、それこそが罠であったのだ。
襲撃はベルフェゴールの手によって行われた。狙いはベルをそのまま捕まえること。彼女の肉体は、ベルフェゴールの次の体として適応したから。
その時に本当の名前を捨て去られた。ベルとして生きることを強要された。それが嫌だった彼女は、静かな反抗を企てていたのだという。
「その本当の名前は?」
尋ねたが、彼女は首を横に振る。
「覚えていません」
彼女の瞳からは、涙さえも流れなかった。代わりに、諦観とも取れるような表情が見える。
「今日はもう遅いです。ここからはさらに冷え、魔物も活発となります。ここで一夜を明かすのが懸命でしょう」
彼女が指を探した方を見つめる。少し離れたところにツギハギだらけの家が見えた。それも崩れかけていたが、他のものよりも原型はとどめていた。
「雪を完全に防ぐことはできませんが、何もないよりはマシです」
「ありがとう、でも……」
「他の人が心配ですか?」
心を見透かされたような言葉に、ヒカルは苦笑した。
「正確には、中に心配な子がいるってだけだね」
「あのサクラって子のことでしょうか?」
「よく分かったね」
その言葉に、ベルはどこか苦笑気味に答える。
「あの子だけは、特に危うい印象がありましたから」
その言葉に驚いた。
NPCにしては、よく人間を見ているようだ。本当に生きている人間のようだ。
「わかりました、少し休んでから探しましょう。ですが約束してください。暗くなったら捜索は中断することを」
「なにかあるのか?」
「夜は危険です……。ここはベルフェゴールの領地で、唯一彼女の力が及ばない場所ですから」
その言葉の意味はわからなかった。
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捜索をしてみたが、特に見つからなかった。夜も近づいてきたということで、ベルが帰ろうと申し出る。
ちらりとフレンドリストを確認する。まだ名前は消えていない。しかし、彼女の話によると夜が危険になってくるという。
できれば見つけたかった。それが本音だが、捜索を優先すると自分も巻き込まれる恐れがある。遭難で一番やってはいけないことは二次被害を起こすことだ。
諦めるように了承すると、彼女はどこか申し訳なさそうに頭を下げた。
彼女の行動を見て、ふとヒカルは考える。
「最初に出会ったころより、だいぶ印象が変わったね」
その言葉に、ベルは大きく目を見開いた。
「そう……でしょうか?」
「屋敷で草むしりを頼んできたときは、もっととっつきにくかったというか、威圧的だったというか」
「……あのときは自分のことで精一杯でした。そして、誰も信用できなかったので」
その言葉には自嘲気味なものが混ざっていた。
ヒカルは何も言い返すことはなく、ベルに案内され建物の中に入った。
簡素な部屋内はボロボロで至るところに補強がされていた。
壁の隅っこには、ロイという名前が刻まれている。その横にもう一つ書かれていた文字は、掠れて読めなくなっている。
「崩れることはないはずです」
部屋の真ん中に、彼女は少し落ち着きなく座っている。時々聞こえてくる風の音は、建物を震わせる。
「……多分」
その言葉を聞いて、ヒカルは苦笑した。
窓から外を見てみると、吹雪が強くなっていっている。オレンジ色に染まるそれは、視界が聞かなくなってきている。音もすごく、索敵するのにも人を探すのにも中止せざるを得ない荒れようだ。
「やはり心配ですか?」
ベルの声に、ヒカルは振り返った。
「……少しな」
「ですが、冒険者の方々は女神の恩寵があります。一度死んだくらいならば、女神の祝福がある場所へ復活できるでしょう」
この世界のプレイヤーの復活はそのような設定になっているのかと、心の中で感心する。
「だけど、元の場所に戻れるわけではないだろ?」
「……はい、私たちのいた茨の城の場所は、国の真ん中です。ここは端のほうに当たりますね。ですが、一時間ほど馬車を走らせたところに大きな町がありますので、そこで復活できると思います」
彼女の説明を聞いて、本来のルートを理解した。
ベルの物語を返さないで訪れた場合、その街が拠点になるのだろう。そして、その街につけば、おそらく個人チャットなども解放されるに違いない。
死ねば楽な道があると、開発者に提示されたような気がした。しかし、今ここでヒカルが死ねば、きっとベルの物語は停止する。
寝転がりながら、死ぬわけにはいかないなと尻尾を揺らす。




