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第五十七話

 冷たい風が頬を撫でる。ヒカルはゆっくりと目を開けて、体を起こした。

 森にはには、白い絨毯がかかっている。口から出す息は、白く漂っていた。


 寒さはそんなに感じない。システムの制限で、少し冷たいなといった具合だ。


「……城は?」


 見渡してみるが、先程までいた茨の城の建物らしきものは見当たらなかった。


「……皆は?」


 やはり見当たらない。パーティーも解除されてしまっている。


 フレンドリストを開いて、個人チャットを送ろうと操作した。しかし──


『マップが不安定のため、通信できません。なお、あなたはしばらく転移系アイテムも使えません』

「……そういうことか」


 予想になるが、あのクエストで世界の広がりが更新された。つまるところ、第二展開といったところだろうか。


 世界がそのまま銀景色に置き換わったのか、それとも新たなマップにやった来たのか。それは今のヒカルには確証はなかった。


「とりあえず街を探すか……」


 目を冷ませばいきなりどこかわからないところにいる。そのことに、ひどい既視感を感じる。

 このゲームに接続した当初、いきなりわけもわからないところに放り込まれて『第五の柱』に襲われたっけ。またそんな展開にならなければいいけどと、心の中で警戒する。


「ま、でも最悪死ねばいいか」


 ライフは三個ある。そのうちの一回分くらいなら消費しても問題ない。そう考えたときに、自分が命を軽く扱い始めていることに気がついて、恐ろしくなった。


 その手段は本当にどうしようもなくなったときに取っておこうと改め直す。重要なときにライフがなくなっていて進めないっていうのが一番やってはいけないからだ。


 そのままウィンドウを操作して、マップを見つめる。しかし、自分の半径数メートルほどしか描写されていなかった。


「完全、新規で開拓しろってことか」


 孤立した。危険はどこに潜んでいるかわからない。

 普通の人ならば怖いとたじろいでしまうだろう。しかし──


「つまり、ここからは俺が初めて足を踏み入れたプレイヤーってことになるのか!」


 嬉しさから尻尾が思いっきり左右に揺れる。その場で何回も足踏みしたせいか、足跡が重なる。

 

 ひとしきり喜んだあと、熱が冷えるように冷静になる。


「正確には、俺単独での初めてってわけではないか……」


 それでも多くのプレイヤーより先に到達した事実は変わらない。

 あとは追いつかれる前に、どれだけのアドを取れるかだ。まだレベル一桁のヒカルは、並ばれたらすぐに追い抜かされる未来しかない。


 ふと、一緒に戦っていたメンバーのことが頭を過った。

 ロッドウィグやアキは、まぁ自分でなんとかするだろう。ミサキは罠にはかかりそうだが、なんやかんや切り抜けそうな予感がする。

 だけどサクラは──


「生存確認だけでも、優先しとくか……」


 フレンドリスト欄を開きっぱなしにして、脇に見えるようにおいた。もし死んでしまった場合はこのリストから名前が消える。

 今はまだ全員の名前がそこに記されていた。


 確認作業を終えて、『闇の剱』を、腰へと提げた。とりあえず止まっていても仕方ないと、歩き出そうとした。


「ここにいましたか」


 その動きを聞き覚えのある声が止めた。

 

 ベルだった。新たな彼女はボロボロになったメイド服姿で、立っている。警戒するように後ずさると、彼女は悲しそう気な表情を作った。


「申し訳ありませんでした」


 頭を深々と下げられて、どう答えたらいいかわからずに後頭部をかく。

 少ししてから小さくため息をついてから、肩を竦めた。まだ不安げな気持ちを、尻尾の動きを止めることで隠す。


「いや、あれはベルのせいじゃないから」

「……しかし」


 彼女は何をいうか迷うかのように視線を彷徨わせる。諦めたように首を少し振った。


「いえ、ありがとうございます」


 少しの沈黙のあと、ウィンドウが現れる。


『ベル生存ルートが確定しました。これより、新たなクエストが発生します』

「とりあえず、ついてきてください。ここらあたりなら、少し土地勘があります」

『クエスト:ベルの故郷が消えた謎が始まります。これは背信者ベルとの旅路の派生クエストです』


 つまるところ、物語は次の段階に入ったというわけだ。

 NPCが物語継続には重要だった。もしあのとき、サクラに止められることなく殺していたらと考えるとゾッとする。


 結果的にサクラに助けられたのは自分だったなと、苦笑した。

 合理よりも倫理のほうが大事だと改めて気づかされる。


「こちらです」


 彼女がちらりと振り返る。その後ろ姿を追いかけるように歩き始めた。


『このクエストはベルが死亡すればルートが変わります』


 表示されたウィンドウを目に入れ、心の中に刻んだ。

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