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第五十四話

 ベルの悲鳴が響き渡る。

 炎の揺れが大きくなり、影が至るところに伸びる。地面が揺れる錯覚に襲われ、血の匂いが濃くなる。


「今のうちに、ベルを殺したほうがいいんだ! サクラ、どけ!」

「なんでです!?」

「彼女はプレイヤーじゃなく、NPCだからだ! ボスになる前に対処するほうが最善だ!」

「NPCだからって、殺していい理由にならないです!」


 その瞳には怒りと意思が乗っていた。

 そんな甘いこと言ってる場合じゃないと、ヒカルは歯を噛み鳴らした。


「NPCは生きてない! システムなんだぞ!」

「でも感情はあるのです!」


 炎のゆらめきが、ベルフェゴールの嗤い声のように見えた。


 黒い影がベルへ完全に纏わりついた。伸縮し、膨張し、形を作っていく。

 かつて、目の前で正体を現したアラクネ形態のベルより二回りほど大きい。

 天井に吊るされたシャンデリアを、彼女は脚で邪魔そうに振り落とす。


「サクラ!」

「……え?」


 彼女の頭上に落ちていく。慌ててヒカルはサクラを抱え込んで、数メートル転がった。

 轟音と振動が鳴り、瓦礫が周囲へ撒き散らされる。


 腕の中に収まる彼女は目を白黒させている。


「あ、あの……ありがとうです」

「礼なんていらない……!」


 彼女を立ち上がらせて、体を突き放した。よろけるサクラは、杖を持ったまま顔を上げた。


「べ、ベルさん……?」


 震える彼女の声は聞こえていないかのように、ベルは高らかに嗤い声をあげている。

 その姿は、先ほど戦ったロイよりも禍々しい。


『呪われたベルが現れました』


 ウィンドウが表示される。


『彼女は泣きながら、操られる自分を呪っている。あまりにも強大な力を宿しているため、体は長くはもたない』

「長くはもたない……ね」


 ため息をつきながら、続きの文字を見やった。


『レベル50』


 レベル8のヒカルどこらか、アキ──果てはロッドウィグさえ勝てるかどうかもわからない相手だ。


 ミサキが矢を放っていたが、ベルへと届く前に溶けていた。


「ぜ、絶対ムリっすこれ!」


 彼女は短く叫び声を上げながら、ベルから距離を取り始める。


「ご、ごめんなさいです。私、こうなるとは思ってなかったです……」


 謝るなら最初から邪魔をするな。そういう言葉を飲み込みかけた時──


「でも、私はベルさんを殺すのはやっぱり反対です」


 その言葉に、ヒカルの喉の奥から何故か笑いが漏れた。

 そこまで行くと、もはや一種の意思だ。


「……わかった」

「え?」

「俺はまだNPCは犠牲になってもいいと思ってるし、容易く済ませれるならさっさと殺したほうがいいと思ってる。でも──」


 剣を握り直しながら、変異したベルを見やる。彼女は雄叫びを上げながら体を動かす。柱が崩れ、瓦礫が頭上から振ってくる。サクラの手を握り、走る。


「状況が変わった」


 今のベルは倒すのは確実に不可能だ。最前線の連中でも彼女を殺すことはできないだろう。なら、このボス戦は何を目的としているのか。

 多分開発者の意図はこうだ。


 ベルを時間制限いっぱい逃げて見捨てるか、それとも救うか。そして、救えるものなら救ってみろと言っている。


「……面白いじゃん」


 笑い、サクラをアキに押し付けた。


「な、なんや? うちに守れと?」

「サクラを守りながらじゃ動き辛いから頼んだ」

「べ、ベルさんをどうするつもりです!?」


 振ってくる瓦礫を避けながら、暴れるベルをヒカルは見やる。


「なんとかしてみる!」


 そのまま懐に潜り込んで、脚を『茨の剱』で斬りつけた。

 現れたウィンドウに『破壊不能オブジェクト』と表示される。


「エネミーに破壊不能だと? どれだけ設計者はクソ野郎なんだ」


 しかし、それでわかったことがある。

 ベルを救うには、彼女を直接どうするかではない。外的要因でなんとかするしかない。


 視線をめぐらして、何かないかと探す。すると玉座に揺らめく影はまだ漂ったままなのに気がつく。そこから伸びる影が、彼女の体を縛り付けている。


 あそこに近づけば何かわかるかもしれない。しかし、ベルの攻撃で一歩踏み込むことさえできない。


「ミサキ! 矢で気をそらせるか!?」

「む、無理っす! さっきから何回も撃ってるけど、着弾する前に消されるっす!」


 だよなと小さい声で呟いた。

 

 一撃受けたらアウトの中、援護なしでどうやって近づくか。

 避けながら考え続けるのが仇となった。地面のひび割れに足を取られて体勢を崩す。

 転倒することは避けられたが、ヒカルに向けられたベルの脚を避けることができそうにない。

 

 軋むような嫌な音を響かせる脚を見やり、絶望感が心の中を支配する。

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