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第五十三話

「なんやなんや、敵全然でないやんか」


 アキの声が、城の廊下に響き渡る。確かに不気味なほど静かである。

 戦いの痕跡はあるのに、気配はまったくと言っていいほど感じない。


 罠かと思い、ベルの方に視線を向ける。


 彼女もランプを片手に周囲を困惑するように照らしていた。

 どうやら、ベル自身が罠を貼っているといった感じではないようだ。


「わぁ、すごいっすね!」


 緊張感のないミサキの声が反響する。

 一行が出たのは広い玉座のようなところだった。周りに争いの跡として血痕や死体がある。しかし、やはりというか、ボス的なのは出てこなかった。


「どうなってるんや、ベル?」


 流石に看過できないと思ったのか、アキが彼女の方を向いて、眉根を寄せる。

 視線を一点に集めた彼女は、たじろいで数歩ほど後ろに下がる。


「私も……わかりません」


 彼女の動揺を可視化するかのように、持っていたランタンが、揺れる。照らされる影が不気味に揺らめいていた。


「……嘘をついてはいないようやな」


 どうするという瞳で、アキがヒカルに視線を合わせる。

 自分もわからないというように肩を竦めた。


「べ、ベルさんどうしたのです?」


 サクラの心配そうな声が反響する。その声が嫌に耳へつくほど大きい。


 ベルは頭を抱えて、呼吸を荒くしている。


「や、やめて……。私を狙わないで……!」


 彼女の切羽詰まった声は、胸を抉るような悲痛なものだ。

 瞳を震わせて、頭を抱えだす。持っていたランプを落とし、火が絨毯に燃え移った。


 暗い闇の中で立ち上がる炎は、不気味さを醸し出している。ただ事ではない雰囲気に、ヒカルは『茨の剱』を所持品から取り出した。

 動きを察したミサキも、弓を構える。サクラはベルへと駆け寄り、彼女の肩に手をかけていた。


「……ま、そんな簡単には終わらんよなぁ」


 アキが呆れたような声を出して、ゆっくりと大広間の端に寄った。


「……サクラ、離れたほうがいい」


 ヒカルの声に、彼女は顔を上げる。どこか泣き顔のサクラは、ベルとヒカルを交互に見比べる。

 でもと言いかけた彼女は、途中で声を喉の奥にしまう。ゆっくりと立ち上がり、杖を握りしめて数歩ほど下がった。


『まったく、不機嫌極まりないわ』


 男とも女ともつかない不気味な声が、響き渡った。ベルの影が異様に伸び、玉座の方へと届こうとしている。


 その席には、一つの影が座っている。そう、形容するしかない。


 影は肘掛けに頬杖をつくような体勢で、大きなため息をついた。まるで見られているかのように重たい空気がまとわりつく。


『どこともわからない人間たちが、急に大勢現れて……、我の領地を荒らしに荒らしまくりおって。挙げ句の果てには、我が城の一つに土足で入ってくるだと?』

「お前は……?」

『おい、我がまだ話しておるだろう? 口を挟むな』


 大きくため息をつき、影は揺らめく。


『我はただ、惰眠をむさぼってゆっくり暮らしたいだけだというのに……いつもいつもいつも、邪魔をしおって。本当に鬱陶しい』


 その言葉は圧倒的な威圧感が含まれている。

 飲み込まされそうになる気配から逃げるように、大きく息を吐く。


「お前はベルフェゴールだな?」


 そのヒカルの言葉に、揺らめく炎が大きくなった。

 

『我を気安く名指しするな人間風情が!』


 城が揺れる。空気の層が重くなる。

 呼吸するのも困難になるほどの重たさに、思わず尻尾を垂らす。


「い、一体なんなんすか……?」


 いつも元気なミサキでさえも、どこか不安げだった。


 ヒカルの『茨の剱』を握る手は、小さく震えている。刃先が金属音を立てているように感じる。


『今すぐにでもお前らを縊り殺してやりたいが、あの馬鹿のように顕現するわけにもいかん』


 そう言うと、揺らめく影はベルの伸びた影と繋がる。


『ま、幸いなことに、お前らが我の次期器を運んできてくれたがな。我としては、裏切ったこいつを使うのは、非常に不服だが』


 まずいと思ったときには、ヒカルは動き出していた。影を切り離すように、『茨の剱』を振るう。しかし、すり抜けて地面と打ち合っただけだった。響く金属音が、虚しく響き渡る。


「い、いやぁ!」


 ベルの悲痛な叫び声が響く。ヒカルはベルの方を一瞬見やる。


「ミサキ! 今のうちにベルを撃ち抜け!」

「え!? で、でも……!」


 躊躇する彼女が瞳を揺らす。

 ヒカルはその様子に奥歯を噛み締めながら、仕方ないと走り出した。苦しむベルに対して、『茨の剱』を振り上げた。

 その間に入ったのは、サクラだった。彼女は手を広げて、苦しむベルを庇う。


「どけ、サクラ!」

「ど、どかないのです!」


 その瞳には、確固たる意思が募っているように見えた。

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