第五十二話
霧の上へと霞むほど聳え立つのは、茨に覆われた城。ドアは固く閉ざされており、開く気配は見せない。
「こんなところにこんなんがあったんやなぁ……」
アキはいまだに信じられないとでもいうように、上を見上げていた。彼女の猫耳と尻尾が興味深そうに揺れている。
「ここは、ベルフェゴールの拠点の一つです」
ベルがランタンで辺りを照らしながら、口を開く。
「拠点の一つってことは、まだ他にもこういったところがあるのか?」
「……あります。そして、ベルフェゴールはここに潜んでる可能性は低いです」
それでも、ここによらなければならない。彼女は続けてそういった。
ヒカルの持つ『茨の剱』は、各地を回らないと完成できないと彼女が簡単に説明する。
「何でもいいっすけど、早く入ろうっす! 誰も行ったことない新しいダンジョンがすぐそこにあるんすよ!」
待ちきれなくなったミサキが、地団駄を踏む。
「あ、ちょっとミサキちゃん……!」
サクラが止めようとするが、ミサキは踏み込み扉に両手をかけた。
「ふ、ふぬぬぬぬぬ!」
力一杯込めているが、まるで動く気配はない。顔を真っ赤にした彼女は、肩で息をしながらそのまま戻ってきた。
「なんで開かないっすか!」
嘆く彼女はそのまま空を見上げて大袈裟に崩れ落ちる。
「単純なフラグの問題だろうな」
体力が吸われるわけでもない。魔力が吸われるわけでもない。鍵らしきものも見当たらない。しかし、ベルはここに案内した。
物語的には条件が揃っているが、まだ開けるように促していない。プレイヤーが先に入らないようにするよくある構造だ。
ヒカルは頭の中で整理しながら、アキがチャットしている様子に気がついた。
「何してんだ?」
「ロッドウィグがあらかたプレイヤーキラーを撒いたから戻るって言うてる」
「すぐ来れそうか?」
「どうやろうか? 魔物ギミックは復活してるらしいから、少しだけ時間はかかるって言うてるわ」
なるほどと、アキからベルへと視線を移した。
「ベル。ドアを開けてくれるか?」
彼女は少し戸惑うように瞳を揺らした。奥歯をかみしめ、深く息を吐く。覚悟を決めたようにうなずくと、彼女は扉に近づく。
ベルがランタンを掲げる。古臭い音を立てて、扉は開いていく。
屋敷の中へ吸い込まれるように、霧が動き始める。
「開いたっす!」
ミサキがテンションを高くして両手を上げた。
ヒカルはやっぱりなと、心の中で呟く。この城は、このダンジョンの奥にベルを連れてくることによって初めて解放される。
『茨の城が開城しました。以降、このダンジョンの入り口は閉鎖できません。また、中を攻略すると表のドアも開き、どのプレイヤーも入場可能になります』
メッセージウィンドウを読んで、口の端をあげる。
つまるところ、最初にクリアする権利はヒカルたちが持つことができるということだ。このデスゲームの開発者にしては中々の親切設計だなと思う。
その親切さが逆に怪しさを醸し出しているのだが。
「……で、ロッドウィグは?」
「先に行ってても問題ないやろ? 後で追いつくんちゃうか?」
「わかった」
どっちみち、この新たなダンジョンを前にして待つつもりはない。
ベルが歩き出したと同時に、ミサキが楽しそうに中に入っていく。その後ろをサクラが慌てたようにしていた。
ヒカルは高鳴る鼓動を落ち着かせながら、一歩踏み出した。
※※※※※※※※※※
茨の城の内部は、薄暗い通路が続く。ほとんどのドアは崩れ落ち、ほぼ一本道だった。
争いの後を演出してるのか、そこかしこに人間のようなものが転がっている。中には骸骨になっているものまでいる。
前を歩くベルのランタンを持つ手は、わずかに震えていた。光源がそれしかないため、光が揺れる。
「べ、ベルさんかわいそうです」
死体に一々驚いているサクラは、杖をギュッと握りながら先頭のベルを見つめる。呟いた彼女の言葉に、ヒカルは小さく息を漏らす。
「システムに設定された行動だよ。ベルはNPC。プレイヤーとは違って造られた存在だから」
「わ、分かってるのです。それでも……」
まぁ彼女の言おうとしていることはなんとなくわかる。
この世界のNPCたちは、とても造られたと思えないほど感情豊かだ。好感度システムによって、プレイヤーそれぞれに対して違った対応を取る。
それでも、ヒカルはベルたちは生きていないものだと思える。それは数多のゲームをやってきたからだろう。
しかし、ゲーム初心者であったサクラはどうだろうか。
彼女の力がこもる手を見つめながら、小さくため息をついた。
「危険なことにならなければいいけどな……」
「な、何か言ったのです?」
サクラに問われ、何でもないと首を横に振る。




