第四十五話
ヒカルはいつもの宿屋までやってきた。ロッドウィグが振り返ると、ついてきていた白の鎧を着たプレイヤーたちを見据える。
「てことで、僕はしばらくこのプレイヤーを見守ることにします。リーダーも分かってくれるでしょう」
それだけ言うと、彼らは頭を下げてから町の中に消えていく。
その様子を、ヒカルは冷めた瞳で見つめていた。
「煮え切らん顔やな」
「……そりゃな」
「ふん、うちは間違ったことしたと思ってへんからな」
アキはそれだけ言うと、先に宿に入っていく。
「プリンアラモードの仲間のプレイヤーたちですが、僕たちのほうで保護しました。少なくとも、モルドレルドが簡単に手は出せないと思いますよ」
「完全安全とは言わないんだな」
「当たり前です。どんな時だって死ぬ可能性は孕んでいますので。現実でも唐突な事故死はあるでしょう?」
それを言われ、ヒカルは彼の顔を無言で見つめる。青い瞳に見つめ返され、我慢できずに目をそらしてしまった。
「少しは荷がおりましたか?」
「……何の話だ?」
「プリンアラモードがPKに遭ったのは、自分のせいだと責めていそうでしたから」
そう言って、彼は眼鏡を掛け直す。
ヒカルは鼻を鳴らし、足を進める。彼の質問に答えるつもりはなかった。
「月並みの言葉ですが、あなたのせいでは決してありません。悪いのは、モルドレルドとプリンアラモードの運です」
「そう言って割り切れると思うか?」
肩越しで振り返り、ロッドウィグの顔を見る。彼は目を伏せ、肩をすくめた。
「少なくとも、あなたはまだ人間ってことですよ」
「……まだ、ね。分かったようなことを言うじゃないか」
「僕も分かりませんよ」
その言葉の真意は、ヒカルに測ることはできない。
「一つ聞きたいですが、ユウェイルを殺せる機会があればどうしたいですか?」
唐突の質問に、ヒカルの足が止まる。ゆっくりと振り返り、ロッドウィグの顔を見た。
「どうするも何も……」
そこで言葉が止まる。ヒカルの瞳が小さく揺れる。
しばらく口を開閉して、言葉を絞り出そうとする。
「殺したいと思う」
やっと出た言葉がそれだった。
「随分と曖昧ですね?」
「自分でもわからん。確かに暴力を振るわれてるときは殺してやろうと思った。プリンを殺した人間なんだから、相手から仕掛けてきたんだから。だから何が何でもぶっ殺すと思った」
尻尾の揺れは止まり、垂れ下がる。
「でもさ、殺すことを目的にしたらゲームじゃなくなるだろ?」
「でも、即答で否定もできないと……」
「憎しみはあるからな。俺はガンジーじゃないんだ」
右頬を殴られたら左頬を差し出すほど、ヒカルは聖人君子のつもりはない。やられたらやり返したくなるのが心情だ。
しかし、アキに怒られロッドウィグに止められた。それがまだ心の糸をギリギリのところで繋ぎ止めたのだと思う。
「でも、剣を振って殺せるなら……俺は迷いなく殺すと思う」
その言葉を聞いて、ロッドウィグは眼鏡をかけ直すだけだった。
宿屋に入ると、アキと話しているミサキとサクラがいた。ヒカルの顔を見ると、ミサキが走って抱きついてくる。
彼女は胸元に頬ずりをして、力を込めていた。
「良かったっす! 本当に良かったっす!」
彼女の後ろからサクラがゆっくり近づいてくる。彼女は目尻にたまった涙を静かに拭っていた。
そんな二人の姿を見て、心の底で安堵している自分がいる。プリンを殺したかもしれない犯人を見逃したかもしれないのに、どこかホッとしている。
その矛盾を抱えている自分に驚いた。
「ちゃんと戻れる場所があったということや」
ヒカルの表情を見透かしたように、アキが肩をすくめた。
「ちゃんと身を案じてくれる仲間がいるのに、一人で背負い込もうとするなや」
「……そう……だな」
ミサキが顔を上げる。そしてヒカルの背後から歩いてきたロッドウィグの姿を見て、身構えた。
「こ、攻略チームが何の用っすか!?」
彼女に威嚇されたロッドウィグは、眼鏡をかけ直す。その様子を見て、アキは大爆笑していた。
「ヒカルを助ける見返りとして、『クロス・オーソード』が手を出すことにしました。よろしく」
「え、アキさん! もしかして、ヒカルさんを助けるのに、この人を使ったんすか!?」
「仕方ないやん。うちだけやったらメッタメタにやられる自信があるで!」
その言葉を聞いて、ミサキは頭を抱えた。「やってしまったっす!」と騒ぎ、しゃがみ込んでいた。
隣に来たサクラが小さな声で、「バラしてしまってごめんなさいです」とつぶやく。
「……いや、助かった」
その言葉を聞き、サクラは目を見開いていた。
「ありがとう」
ヒカルは彼女をまともに見ることはできない。




