第四十三話
抑えつけられて、ヒカルは動くことができない。ただ悔しそうに彼を睨みあげるだけだ。
尻尾が抗議するようにユウェイルの脚を叩く。
「町の中では傷つけられないと思ったかぁ? 甘えよ甘え甘え。暴力はどこでだってできるんだぜ?」
彼はヒカルのことを抑えつけたまま、人差し指を掴む。ゆっくりと関節とは逆方向へと曲げていく。
瞳が揺れる。やめろと声を出した。
「やめるわけねぇだろ? バカか?」
ボキッと折れたような音が聞こえた。人差し指があらぬ方向に曲がっている。痛みが手から肩に突き抜けた。
喉の奥からか細い声が漏れる。体力が減らないことを報せるメッセージウィンドウがむしろ妬ましく感じる。
「なに悲鳴あげてんだよ? こんなの全然全然痛くも何ともないだろ? 仮想で作られた体だぜぇ?」
たしかに仮想で作られた体は、痛みをあまり発さない。剣で刺されても痺れる程度だ。しかし、視覚的に入った情報によって脳が錯覚を起こして痛みを感じる。
喘ぐヒカルの指をもう一本ゆっくり折った。
「不思議だよなぁ? こんなにこんなにこんなに痛めつけても、体力が減らねぇんだから。だったら圏内での過剰な暴力も許されていいはずだよなぁ? なぁ!?」
なんでこんな奴が緑プレイヤーで町を闊歩しているのか。
このゲームのカルマ値のシステム判定はどうなっているのか。問いただしたいことは、のどの奥に痛みとともに消える。
自分はなんでこんな目に遭っているんだ? ただ、ゲームを楽しみたかっただけなのに。
やはり、人と楽しむゲームなどろくなことはない。情報がどこからか漏れて、ハメられて、奪い取られるのだ。
こうなるくらいなら、ずっと一人で進めばよかった。
自分は悪くない。その言葉が心の奥に広がり始めた時──
「えらい堂々としてるなぁ」
その言葉で、ユウェイルの動きが止まった。ヒカルも無意識に声のした方へ視線を向ける。
教会の入り口、ユウェイルの手下に囲まれていることも気にせず立っているのは、アキだった。
「情報屋かぁ? 邪魔しないでくれるか? それともそれとも、お前も一緒にやられたいのか?」
「いやいや、かんべん。うちはそう言った暴力行為は大嫌いなもんでな」
「だったら、黙ってろ。口を閉じてろ。邪魔するな、俺の前からもさっさとさっさと消えろ」
ユウェイルの睨みつける表情も、彼女は怯むことはない。
「言うたやろ? うちはそう言った暴力行為は嫌いなんや。友達がやられてるのも見過ごすわけがないやろ?」
ユウェイルが部下たちに顎で指示を出す。彼女を捕まえようと、周囲の男たちが動いた。
その動きを制したのは、白い鎧をつけた人間たちだ。
「ユウェイル……さすがにここまでの暴力行為は見過ごすことができませんが、わかってやっているんでしょうね?」
聞き覚えのない声が響く。眼鏡をかけた青髪の男だ。彼は背が高く、白銀の鎧を身に纏っていた。
鎧には、二本の剣が交差しているような紋章が付いている。
「……あぁ? 俺がどこのどこのプレイヤーを痛めつけようがお前らには関係ないだろ? それとも何か、最大チームは秩序にも介入し始めたってわけか? ロッドウィグ」
「そうですね僕にはどこで何が起きているのか関係ありません。しかし、僕が彼女を助けることもあなたには関係ありませんが?」
「は! こんなチンケな弱小プレイヤーを助けるほど『クロス・オーソード』の幹部様様はお暇ってか?」
「チンケな弱小プレイヤー……違いますね。彼女は価値あるプレイヤーだ。だからこそ、あなたも痛めつけているのではありませんかユウェイル?」
ロッドウィグが言った言葉に反応し、ヒカルは秋の方を見る。彼女は手を合わせ、「喋ったこと堪忍な」と呟いた。
「……うるせぇうるせぇ。圏内じゃ俺をとめることもできねぇだろ」
「いえ、“僕たち”にはできますので」
そこでヒカルは気づく。ユウェイルのプレイヤーアイコンの色に変化があることを。
緑から黄色に変わり、オレンジになりかけていることを。
「この町のNPCを少し集めさせてもらいました」
外にはざわつきがある。ドアの隙間から覗くのは、いつの間にか集まっていた町の人々だ。
「カルマ値の変動は、NPCの心象によっても変わりますので」
「は、ふざけんな!」
「ふざけるなはこっちのセリフや。アキちゃんの情報屋としての能力舐めてもらったらあかんで?」
「……僕たちの人海戦術のおかげでしょう」
ロッドウィグとアキが何か言い合っている間に、ユウェイルのアイコンはオレンジ色へと変わる。
彼の周りに警告メッセージが出た。町に入れない旨の文字が流れる。
悔しそうに顔をゆがめる彼は、そのまま強制転送された。
「また緑に戻すのを頑張ってください」
そのロッドウィグの声を受け取るユウェイルは、すでにそこにはいない。




