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第四十二話

 壁のステンドグラスが、陽射しを彩る。

 教会内の泉に裸で浮かびながら、ヒカルはボーッと天井を見つめていた。


 負けたあんな奴にという実感が、あとからじわじわとやってくる。


 レベル差があった、仕方ない。あいつは卑怯だ。まだ自分は同じ土台に立っていない。武器も違った。デュエルの穴を突かれたんだ防ぎようがない。まだレベル6なのだから負けて当然だ。


 色々な感情が心の中を渦巻いてから、ヒカルは拳で水面を叩きつけた。


「俺は真正面から負けたんだ……!」


 興奮から呼吸が荒くなり、薄い胸が激しく上下する。


 ゆっくりと立ち上がって、泉から上がった。タイルを素足で歩くと、ひっつくような気配を感じる。


 呼吸を整え、尻尾の揺れを抑えるように努める。現れたシスターに復活費を払って、部屋から出た。

 併設されている倉庫管理所を訪れて、ロストした防具や武器の予備を取り出す。


 赤い小瓶を取り出して、アキから貰ったユニークアイテムを預けておいて良かったと安堵する。もしこれまで無くしてしまったら、アキに多大な借りを作ることになる。


 ヒカルは装備を整えながら、今すぐにでも復讐したい気持ちを抑えた。まずは自分の実力上げが先決だ。焦って再戦したところで、またやられるだけである。

 わかってはいるが、心のざわつきが止まらない。尻尾の揺れが彼女の気持ちを代弁しているかのようだった。

 

 自分がやれることは、宿に帰って屋敷に帰ること。プリンのことを報告している暇も何もない。

 誰よりも早く物語を進めて、誰よりも強くなってそして──


「あいつを──」


 言いかけたところで、教会に大きな足音が響き渡る。数人のプレイヤーたちが入ってきたのだ。

 一番先頭にいるのは、赤い髪で派手な黒い鎧を身に纏った男。三白眼を動かし、鋭く辺りを睨む。筋肉質の腕は、ヒカルのものより何倍もある。


「おうおうおうおうおう! モルドレルドの野郎、うまく殺せたみたいじゃねぇか!」


 その名前を聞いて、ヒカルの表情が歪む。尻尾が逆立つようにピンと張る。

 男はヒカルを見下した瞳で見つめ、笑みを零した。


「いつまでもいつまでもいつまでも、後ろでコソコソコソコソやってたが、やるときゃやるってもんだ。なぁ、お前ら!」


 その男の声に、周囲にいたプレイヤーたちは湧き上がった。


「……誰だお前?」

「おうおうおうおう、姉ちゃん! 人に名を聞くときは、自分から名乗るのが筋ってもんじゃねぇのか? 違うか違うか!?」

「……っ」


 今にでも殴り飛ばしたい気持ちになるが、無視をすることに決めた。

 モルドレルドのことを知っていそうだが、見るからに格上。聞き出すことはできないだろう。


 彼のことを無視して、横を通り過ぎようとした。その腕を掴まれる。

 力で振りほどこうとしたが、微動だにしない。


「お前、お前お前。街中だから安全だと思ってないか? 勘違いしてないか? 攻撃するのが禁止なだけで、別に捕まえるのは違法じゃないんだぜ?」

「……なっ」


 そのまま振り回され、投げ飛ばされた。壁に背中が当たり、呼吸が止まるような錯覚を覚える。

 メッセージウィンドウに、『安全地帯では体力が削れません』と表示される。

 

 何故、プリンが殺されたのか今理解する。彼女は選ばれそのまま外に引きずり出されて三回殺されたのだ。

 こうなったら町中は、安全地帯という肩書だけで成立してないも同然だ。


「あっはー! バカバカバカバカバカばかりだ! 人間全員が良い子ちゃんなわけないよなぁ!」


 ヒカルはよろけながらも壁に手をついて立ち上がる。無意識に剣を抜こうとして、システムに止められた。


 男が一歩。また一歩近づいてくる。

 拳を握り、殴りかかってきた。


 システムメッセージが目の前に浮かぶ。『圏内での暴力行為は禁止です』という文字が、彼の拳を止めていた。


「……ち、何が何が禁止だ? いつでもどこでも好きに振るえてこその暴力だろうがよ!」


 ゆっくりとヒカルの頭に手を乗せて、そのまま勢いよく地面に顔を叩きつけた。鼻血が出そうなほどの威力が、顔面を突き抜ける。目の前に星が散るような錯覚に陥った。

 メッセージウィンドウがまた表示される。『安全地帯では体力が削れません』という文字は、ヒカルを助けてくれるものではない。


「お前、俺の名前を聞いてたよな?」


 髪の毛を引っ張られて、顔を無理やり上げられる。


「名前も知らないやつに殺されるのはさすがに理不尽だよな? 理不尽だよなぁ!? だったらだったらだったら特別に教えてやる」


 再び地面に顔を叩きつけられて、目の前が霞み始める。


「俺の名前は、ユウェイル。よろしくしなくてもいいぜぇ?」

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