第三十七話
翌日、屋敷で一晩泊まったヒカルは大きく伸びをしてから小さく腕を下ろす。
まったく使われていない大きな家を、好き勝手に使えるのは少しいいかもと笑みがこぼれる。
これぞまさしく、物語発見者の特権というものだろう。
羽毛のベッドから降りる。尻尾を揺らしながら全身鏡を覗いた。
相変わらずの悪魔っ子少女の姿にはなれない。尻尾を思わず恥ずかしそうに揺らす。
それにしてもと、臭いシャツスタートからよくここまで来たものだ。少なくとも、一回殺されたところで、臭いシャツで再スタートを切ることはなくなった。
服装を整えて、廊下へと出る。そのままベルの部屋をノックした。
「……はい」
返事を確認すると、ヒカルは中に入る。ベルはメイド服の姿のまま、ベッドに腰掛けている。
寝ていた形跡が見えないことに、小さく息をつく。
「やっぱり落ち着かないか?」
「そんなことはありません。ただ、私はこんなにゆっくりしたのは初めてなので、戸惑っているだけです」
「……そうか」
彼女の感情のある言葉に、これはシステムが作り出したものと心の奥に押し込む。握っていた拳を緩める。
「ミサキとサクラはまだ寝てるようだから置いていく」
ウィンドウを出しながら、ここが戦闘不可能領域になっていることを確認する。どうやらあのあとここの中はきっちりと村の中扱いとしてカウントされるようになったようだ。
これでもしベルが反逆を起こそうとしても二人を襲うことはないだろう。
「……私は信用されていないみたいですね」
「そりゃ、敵だったからな」
「ま、そうですね。私のせいで多くの人間が犠牲になったのもまた事実です」
どこか憂う彼女に、顔を近づけた。驚くようにベルが身を引く。
「あのさ、勘違いしてるけど別に俺はお前がどれだけ人間を殺してこようが関係ないと思ってるから」
プレイヤーがプレイヤーを殺すのとはまた違う。彼女は作られたアルゴリズムに沿って、NPCやプレイヤーに手をかけたのだ。悪意があるとするなら、彼女を作ったものでしかないだろう。
「そうなんですか?」
「……まぁ、ここは複雑だから、お前には説明できないだろうけどな」
そう言いながら、転移の小瓶を取り出した。
「それでどこに行くんですか?」
「昨日の町の様子を見ておこうと思って。話し合うにしても、現状を知っておいたほうがいいだろ?」
「……そうですか」
「ベルはゆっくり休んでおけよ。今までずっと休めなかったんだろ?」
その言葉に一瞬、キョトンとした顔を彼女はする。その後すぐに、深いため息をついた。
「そうですね。休む暇もありませんでした。あっという間でしたので」
何があったのかはあえて聞かなかった。いずれ知ることになると思ったからだ。
小瓶の液体を地面に注ぐと、昨日と同じ紋様を描き始める。
この転移の小瓶は移動に便利だが、緊急脱出用には使えないなと心の中でため息をついた。用意するのにニ、三分かかってしまえばその間に攻撃されてしまう。
まぁさすがに一瞬で逃げれてしまうアイテムなら、それはもうデスゲームとして成り立っていない。それでも強いと思える能力なのだから、さすがユニークアイテムと言わざるを得なかった。
準備が整うと、床にまかれた赤い液体は淡く光り始める。思い描くは昨日泊まっていた宿屋。
中心に立って、目をつぶった。
ふっと体が一瞬軽くなる。そこからまた重力の感覚を受けた。目を開けると、景色は宿屋に切り替わっている。
「昨日と変わりなしか……」
とりあえず、きっちり鍵が昨日してるのなら誰も入ってはいないはず。それでも何か仕掛けられたりしてたら困るから、ベッドや机の下など隅々まで調べ始める。
一通り調べ終わってやはり何もない。神経質になりすぎかと眉根を寄せながら安堵した。
しかし、あれほど外の空気が不穏なのだから、何があるか分からない。注意しすぎる方が丁度いいくらいだ。
姿勢を整えて、腰を伸ばす。よしと小さく確認すると、窓から外を眺める。
町の様子は昨日と変わらない。
白の鎧を着た人間たちが歩いてるのを目にする。ダンジョン攻略のために駐留している『クロス・オーソード』のプレイヤーたちだ。彼らの最もな武器は、やはりなんと言っても人海戦術に長けているほどの人数がいることだろう。
それよりも気をつけないといけないチームがもう一つ。
アキ曰く、プレイヤーキラーを容認する『ホーリー・ラウンド・ナイツ』というチームだ。彼らに知られれば、一体どうなるか分かったものではない。
白い鎧のプレイヤーたちを見ながら、精々他のチームの目を引きつけといてくれよと心の中でいう。
そんなとき響いたのは、ドアのノック音であった。




