第三十六話
いつものように、『クロス・オーソード』の連中に見つからないように細心の注意をはらいながらヒカルたちは町の中に入った。
「ほんと、犯罪者みたいで嫌になるっす」
ミサキは口を尖らせながら、フードを脱いだ。その言葉に、ヒカルは心の中で同意する。
「あ、あのあの……助かったの。ありがとうなの」
落ち着いた頃に、プリンが深々と頭を下げてくる。
「まぁ、あそこで会ったのも何かの縁ってね。ただ、今日のことはあまり喋らないほうが良いかな」
「どうしてなの?」
「状況が特殊過ぎて、バレたら過激な人たちに狙われる可能性があるからね」
そのヒカルの言葉に、彼女はわざとらしく両手で口を塞ぐ。
「わかったの!」
「またねっす」
「また会いましょうです」
ミサキとサクラに手を振られて、彼女は小走りで町の中に入っていく。途中で振り返り、頭を大きく下げていた。
雑踏に溶け込む背中を見やりながら、大きく息をついた。
「それじゃあうちも一旦チームに戻らせてもらいますわ」
「……わかってると思うけど」
「わーってるわーってる。報告書には何とか誤魔化しておくから。その代わり、明日以降も同行させてもらうけどな」
アキが軽く手を振りながら別れる。尻尾は楽しそうに左右に揺れていた。
ベルの方を見ると、彼女は不思議そうに町中を見つめていた。その瞳には、どこか寂しげな光が宿っている気がする。
「どうした?」
「いえ、人間ってこんなにいたんだと思いまして」
その顔にはどこか哀愁が漂っていた。
ベルのその表情は、システムによって作られたもの。それは分かっていても、どこか心を揺らすものがある。
ミサキとサクラはどこか落ち着きなさそうに体を振っていた。
「ずっと町に出なかったんです?」
サクラの言葉に、ベルは少し考えるように息をつく。
「私はずっと使われていましたから。屋敷でも、主のために土地の魔力を集めていました」
「でも、それは──」
「えぇ、魔力に少しずつ異物を混ぜて弱体化させようとしてました。本当に少しずつ、微量ずつ、気づかれないようにですが」
サクラの声に、か細く震えた声で答えた。
果たしてこのゲームの根幹のボスに、それはどれほどの年月がかかるだろうか。
ベルは口にはしないが恐らく十年や二十年どころの話ではないはずだ。
しかし、そんなことはもう関係ない。
「今は俺たちに手を貸すんだろ?」
「……えぇ、それしか道はないですから」
ため息をつき、ベルが頭を振った。その瞳には揺れが消え、いつもの切れ味の高い目つきに変わる。
宿に戻ると、早速アキから貰った小瓶を取り出した。その中に入った液体を彼女に習った通り、床に垂らし始める。
「これってあの転移に使ってたやつっすね」
ミサキとサクラが不思議そうに見つめてくる。
「ベルをこんな町のど真ん中に置いておくわけにはいかないだろ」
視線を端っこで腕を組んでいる彼女に合わせる。目が合うと、ベルは鼻を鳴らして視線をそらした。
彼女は今やこの世界で一番重要なNPCかもしれない。そんな人物をみんなの見つかるところにおいておくわけには行かない。
「だからって、宛はあるんすか?」
「一つだけな。プレイヤーは俺たちしか入ってないところがある」
「あ、もしかしてあそこの屋敷とかです?」
サクラの言葉にその通りと頷いた。
準備が完了すると、転移陣は淡く光り始める。ベルをその中に呼び、発動させた。
一瞬で景色が切り替わり、見覚えのある屋敷内に出る。
おのクエストが終わったあとも、ここは変わらずに建ち続けているのだ。ただ、屋敷の中からは怪物たちの声は一切響いていない。
「また、ここですか」
「出たいときはできる限り出せるようにする。だが、なるべくはここで我慢してほしい」
「……分かりました」
ベルはベッドの縁に座り、大きく肩を落としていた。
「かわいそうです……」
その姿を見たサクラが言葉を漏らすが、ヒカルは肩をすくめる。
「結局のところ、NPCだからな」
「それはそう……なのです」
やはりプレイヤーとシステムで作られたものは違う。
「それに、これはベルのためでもある」
その言葉が自分に言い聞かしたように思え、尻尾の揺れを止めた。NPCに同情しても仕方ないと割り切り、頭を軽く振る。
「それでその転移の小瓶ってずっと使えるっすか?」
「一瓶でかなりの回数いけるみたいだな。しばらくの間、この屋敷と町も行き来が自由だ」
「へぇ〜。あのアキって女結構なものをくれたっすね」
「まぁ……見返りに何を言われるかわからないから怖いけどな」
しかし、自分が思い通りにゲームを楽しむためには、利用できるものは利用するしかない。そう割り切ることにした。




