第三十五話
「本当の本当にいいんすか?」
ダンジョンから出たあと、ミサキが耳元に口を寄せてくる。彼女の声は心なしか震えていた。
ヒカルはその声に、迷いなく頷く。尻尾を楽しそうに揺らした。
「ようやく楽しくなってきたからな」
「楽しくって……」
「ゲームは楽しむためにあるもんだろ? ま、このゲームの開発通りに動くのはちょっと癪だけどな」
その言葉に、彼女はそういうことを言ってるんじゃないという表情をしていた。
しかし、ヒカルの中ではデスゲームだろうとなんだろうと、楽しむのが一番だと思っている。
それでもミサキの心配も分かると言えば分かる。後ろを肩越しで見やると、ベルが澄ました顔でついてきていた。
「あ、あのベルさんは何か好きなものはあるです?」
サクラが話しかけ、睨まれていた。彼女の喉の奥からこひゅという息が漏れる。
「……何もないですよ。嫌いなものならいっぱいありますが」
「そ、そうですか」
ベルの返答に、サクラは困ったように小首を傾げていた。再び睨まれて、ミサキの服の裾を震える手で掴んでいる。
そのやり取りの横側を通り抜けて、アキがヒカルへと近寄ってくる。
「いやぁいいもん見せてもらいましたわぁ」
その一言に、ヒカルはあからさまに嫌そうな顔をする。
「歓迎されてないことは顔だけで伝わるわ」
「言いふらしそうだからなお前」
「うちがそんな口の軽い女やと?」
「思う」
即答にアキが額に指を当てて「あちゃー!」と言葉を漏らしていた。
「そんなにうち信用されてない?」
「信用するも何も、知ってる人間が多ければ多いほどリスクってだけだ」
「知ってる人間が多ければ多いほど効率的な情報が集まるって思わん?」
その言葉は一理あるとは思う。即クリアを目指すなら、人海戦術が基本だ。
考え、不満そうに唇をとがらせた。
「自分の力でクリアしたいっていうのはゲーマーの基本だろ? 攻略本を見ながらやったら、途端につまらなくなるタイプなんでな俺は」
「まぁ、そういう人間も少なからずおるけどなぁ。『クロス・オーソード』のリーダーが聞いたら鼻で笑うやろうな」
「笑いたきゃ笑え。俺は独善的な人間だし、俺のことを理解させようとも思わん」
ヒカルが言った通り、アキは腹を抱えて笑い出した。その彼女に、尻尾の先を揺らす。
アキは目尻にたまった涙を拭いながら、猫耳をピクリと動かす。
「良いね。それでこそ、協力のしがいがあるってもんや」
「お前も充分変わってるな」
「うちはおもろい情報に乗ってるだけや」
その胡散臭い笑顔はどこか信用できなかった。
「それよりも、プリンっつう子に見せてもうて良かったんか?」
彼女の指摘に誘導されるように、プリンの様子を見る。
ミサキとサクラと話、普通に笑顔を見せていた。時たまベルのことを伺うように視線を向けている。
怯えているのか、探っているのか分からない目だ。
「正直、失敗だったな。つーか、お前に知られた時点で失敗なんだよ」
「えらい、厳しいなぁ」
まさか普通のダンジョンで屋敷のつづきがやってくるとは思わなかった。軽い気持ちで行ったことを後悔する。
新しく現れたダンジョンに目をそらして、既存のダンジョンに通常通りに仕込んでいるのはさすがのここのゲーム開発者だと思う。
果たして、プリンには口止めが通用するだろうか。
彼女はヒカルの視線に気が付き、小首を傾げていた。それが少しわざとらしく感じた。
そんなプリンをみて、小さく舌打ちした。
邪魔にならなければいいけど。その心の声が聞こえて、尻尾の動きをとめる。
プリンは悪くない。彼女はただその場に言わせてしまっただけだ。
それが分かっていたとしても、そのたまたまを呪わずにはいられない。
「起きちゃったものは仕方ない……か」
もし、プリンが誰かに喋ればそこからはベルを狙ったレースが始まるだろう。そしてそのプリンの言葉をとめる権利はない。
あークソと、頭を掻きむしる。
「小瓶くれるの、まだ有効だよな?」
アキに耳打ちする。彼女はどこか驚いたようなそれでいて嬉しそうな表情をする。
「どしたん急に?」
「ベルを隠せる場所には心当たりがある。だけど、それは小瓶がなければいけない場所だ」
「ほーん? てことは、うちとの協力関係結ぶんでええんやな?」
「全力でゲームを楽しむためだ。ただ一つだけ、他の人間には言うなよ?」
その言葉に、彼女は猫の尻尾を揺らしながらニヤニヤとする。
「頼んでる側やのに注文が多いなぁ」
「……だったらもう連れて行かないまでだ」
「分かった。うちは面白そうなことは逃したくないねん」
その言葉のあと、彼女は静かに小瓶を渡してきた。




