第三十二話
乱れ狂いの沼。
森の奥にひっそりとある沼地は、足元が悪い沼の中で魔物を倒していくというダンジョンだ。
ここで初めて、プレイヤーたちはダンジョンギミックというものに触れることになる。
「うーわ、足元ブニブニっす……」
ミサキが気持ち悪そうに見つめている。
沈んでいく感触は、体験したことのないまとわりつきを足元に与えてくる。足を上げるのにも少し時間がかかる。
サクラもおどおどと足を進めていた。
「ま、ここが最も恐ろしいのは、動きづらいことやないけどなぁ」
後ろからついてくるアキが慣れたような足つきでついてくる。後頭部で手を組んで、尻尾を左右に揺らしていた。
「何か知ってるって口調だな」
「教えてやってもええで?」
「いや、いい」
ヒカルのその否定に、再びアキは硬いなぁと苦笑いをする。
「うちに頼るのがそんなに嫌か?」
「今回は違うな」
足下を確認しながら、しっかりと地につけるところを探し出す。
「先に攻略法を知ったら面白くないだろ?」
その言葉にアキは目を見開いて、小さく息を吐く。
「はは、そんなこと言えるのは変態だけやな。少なくとも、デスゲームで言えるやつは多くないやろうな」
「いなくはないんだな」
「まぁ、色んな人間がいるからな」
広がるのはマングローブの森林。奥からは霧のようなものが漂っている。沼ステージに合っていてとても不気味だ。
動きづらい視界が少し悪い。絶妙に嫌がらせがコンセプトのステージだ。
そして現れるのは、マングローブを小さくしたような木の化け物だ。
名前を『ウッドリーパーα』という魔物には、葉っぱがまったくついておらず、恐ろしい顔のような幹が動いている。
──……α?
その名前の特徴に、ヒカルは眉根を寄せる。大体そのような名前を冠する奴は、同種の魔物が存在するということだ。
飛んで襲いかかってくるそいつは、ミサキが撃った矢に射抜かれてあっさりと倒される。悲鳴も上げずに消えていく様子に、あまりのあっけなさを感じる。
「ちょろいっすね!」
ミサキが笑顔でガッツポーズをする。サクラが褒めるように拍手していた。
アキの方を見ると彼女はニヤニヤしている。その嫌な笑顔に、ヒカルは舌打ちをしたくなった。
「ここでは、魔物が残らないんだな」
「基本的にはαは残らんな」
「αは……ね」
アキの言い方的にも、やはり同種の魔物がいると考えていいだろう。
続いて“大きな声を上げながら”、同じような魔物が現れた。
名前は『ウッドリーパーβ』。先ほどが枯れていたのに対して、今度は木の葉がついている。
「今度もやるっすよ!」
有無を言わさず、ミサキが弓を番えた。
「ちょっとま──」
ヒカルが止める前に矢が放たれる。その攻撃は魔物に命中し、一発で絶命させた。倒れるそれは、強烈な絶叫をあげた。
「やってもうたな〜」
ニヤニヤしながら言うアキの声に反応するように、ヒカルは肩を落とした。
「だろうな……」
「え? 何がっすか?」
ミサキの行動力は良いところである。そして、悪いところでもある。
その悪いところが今出たというところだ。
響き渡る絶叫は森の奥へと浸透していく。周囲から大量の『ウッドリーパーα』が顔を出した。
「う、うげ!?」
「ひ、ひゃあ!」
二人の声が重なる中、ヒカルは剣を抜いた。
「足元が悪い、視界が悪い。それが重なれば大体やってくるのは敵の大量召喚だろ?」
「正解。ま、乱れ狂いの沼って名前の時点で想像できた光景やな」
冷静な二人に対して、サクラは涙目で震え上がり、ミサキは手をワタワタとさせていた。
「こ、こここれはどうするっすか!」
「……落ち着け、一体一体はそんな強くない」
「うちならいつでも力を貸すで〜」
アキの声を無視しながら、襲ってくる魔物たちに剣を振った。
基本的に湧いてくるのはαである。混ざるβを倒してしまうと、さらなる悲鳴を上げて増援を呼ばれる構図である。
対処法を悩んでいると、サクラがそれを示してくれた。
数の多さにヤキモキしていると、突破したβが彼女に飛びついたのだ。まずいと手を伸ばしたときには、サクラが杖から炎魔法を放つ。
木の葉を全部燃やされたそいつは『焼けたウッドリーパー』へと名前を変えた。そいつを倒してみると、悲鳴を上げなかった。
なるほどなと、ヒカルは理解すると同時にやらしいなとも思う。
「沼に炎か。普通はこんなの気づかんぞ」
「初期やとたくさんのプレイヤーが文句言ってたな」
その光景が目に浮かんで、ヒカルは思わずため息をついた。
「とことん、このゲームの設計者はいやらしいな」
「ま、それがゲーム開発者ってもんやないの? 簡単にクリアされてもつまらんってやつや」
「それをデスゲームに組み込むかね?」
その言葉にアキは曖昧な笑みを返してくる。




