第三十話
茨の城。
全体通知とともに現れたダンジョンは、まるで近づくものを傷つけるような危険さが伺える。
「どう見るっすか?」
様子を窺うヒカルの横に、ミサキがしゃがみ込む。彼女も並んで新しいダンジョンを眺める。その横でサクラも恐る恐る顔を出していた。
「どう見るも何も、近づく以前の問題だな」
見えるのは白い鎧の集団と、何人かのPKチームが衝突しているところだった。アキからの情報通り、新たなダンジョン近くでは争いが起きている。
こうなってしまえば、普通のプレイヤーは近づけなくなる。そしてこうやって格差は広がっていく。
これはすでにPKチームだけの問題ではない。攻略組全員の印象問題になってくることに、果たして気づいているのだろうか。
「気づいてないだろうな……」
まるで戦争のような光景を見ながら、大きくため息をついた。
「で、どうするっすか?」
「こうなってくると攻略組のどこかとは協力関係を結んでおいたほうがいいとは思う」
手を取り合っていた攻略は、いつの間にか争いながらの攻略へと変わっていた。こうなってしまえば、アキが言っていた通り、ヒカルたち三人でどうにかなる問題ではない。
この盤面を想定した人間は、相当に底意地が悪い。少なくとも、ヒカルが大嫌いなタイプの人間だ。
「モルドレルド……ね」
アキから聞いた名前を思い出す。
彼は全体通知の混乱に乗じて少し方向性を示した。それが少しの間で伝播し、ゲームのあり方を変えてしまったのだ。
「といっても今はあそこに近づかないほうがいいな」
「え、それじゃあ先に攻略されちゃうっすよ?」
「いや、多分大丈夫だと思う」
「……?」
ミサキが不思議そうに首を傾げているのを見やりながら、ヒカルは倉庫に預けている『茨の剱』を思い出した。
多分だがあのダンジョンは、かなり特殊だ。キーとなるのはやはりヒカルの持っている武器だろう。それがないと中に入ることさえできないと予想する。
その武器の存在は、アキさえも知らない。だったら今すぐにでも近づくほうが切り札を見せることになって危険になるだろう。
ならば、ヒカルたちがやることは一つだ。安定した土台を作ること。少なくとも、プレイヤーキラーに脅かされないくらいにはならないといけない。
ヒカルのレベルはやっと5になったところ。サクラやミサキと比べてもだいぶ弱い。こうなって町の外で待ち伏せでもされれば、終わる自信がある。それは何よりも避けたいことだ。
「てことで、町に一回戻るぞ」
「え? 本当にいいっすか? その間にダンジョンに入られるかもっすよ?」
「そうなったらそうなっただ。ただ、俺が目指してるのは別に初クリアじゃないしな」
「でもそれじゃああの女からの依頼も達成できないっすよ?」
それも大丈夫だろうと、ヒカルは言う。
「わざわざチーム間で争ってくるところを指定したんだ。アキの狙いは別にダンジョンを攻略したい……ではないんだろうな」
彼女の狙いは徹頭徹尾、協力関係を作り上げたいなのだろう。依頼の成否は関係なしに、“依頼をした関係”という構築が目的だと思う。
食えない女だとは思うが、信用はできると思う。
「それよりも重要になってくるのはサクラだな」
「ふぇ、わ、私です……!?」
「少しオカルト寄りになるが、サクラの運がどこまで機能するかの確認も兼ねて、攻略済みのダンジョンに潜る」
「周回っすか?」
ミサキの言葉に、ヒカルは頷いた。
オンラインゲームの醍醐味はやはりレベル上げとレアドロップ狙いのダンジョン周回だ。やはりここは外せない。足踏みと言われようとも、追いつくにはコツコツしかないのだ。
逆にここをサボれば攻略組とは渡り合えない。
「……てことで状況が分かったから町に戻るか」
ヒカルが言うと、二人は無言で頷いた。
※※※※※※※※※※
町に入る前に、三人はローブを羽織る。フードを目深にかぶって、顔を隠す。
石門前の堀にかかる橋の上には、白銀の鎧を纏ったプレイヤーたちが目を光らせている。
できるだけ視線を合わせず、それでいて不自然に見えないように歩き続ける。
横のミサキは面白くなさそうに唇を尖らせている。すぐ後ろにいるサクラは、不安そうに肩が震えていた。
「まるで犯罪者扱いみたいで気に食わないっすね」
「有名税ってやつだな」
「楽しんでないっすか?」
「……そんなわけないだろ。俺だって動きづらくて仕方がない」
尻尾を揺らしながら、ふいと視線を他に向ける。睨みつけるように一人一人の顔を確認している顔の険しいプレイヤーも見えて、嫌そうな顔をヒカルは作る。
本当に迷惑だ。小さくつぶやいて、さらにフードを深くかぶった。




