第二十四話
「……お前、バカだろ?」
最初に発したヒカルのひと言で、ベルの眉が上がる。
「バカはどっちでしょうか? わざわざ探らなくても良いことを探って死ににくるなんて」
「そうだな、俺もバカだ。好奇心は猫を殺すって言うしな」
一拍置いてから剣を抜く。
「ちょ、ちょちょちょ! 戦うつもりっすか!?」
慌てるミサキに振り返って首を横に振る。
「戦うつもりはねぇよ」
「でも、剣を抜いて……」
「あぁ、これは……そうだな。早すぎるお別れになるかもな」
「……え?」
柄を握り直して、剣を振りかぶる。そのまま脚を一歩前に踏み込んで、投げつけた。
「……それが攻撃ですか?」
彼女は軽々と剣を避ける。同時に、ベルの後方にある花に剣が突き刺さった。
花粉が撒き散らされ、ベルへと振りかかる。
「っ!?」
顔を覆った彼女は、明らかに少し麻痺しているようだった。
汚染された敵は花粉が効かないが、ベルは汚染されているわけではない。さらに言うと大ボス格でもない相手だ。
これみよがしにある花は、こちらに不利になるために配置してあると思ったが、そうではなかった。メイドが向かい合ってくるから、利用しろというミスリードだ。
何もかもお見通しな開発者に嫌悪感がわいてくるが、利用できるものは利用させてもらう。
「やっぱりお前はバカだ。屋敷で迎え撃てばよかったのにさ」
「お、おのれ……っ!」
「少しはメイドと名乗るなら、通路の変化くらい把握しておくんだな!」
ヒカルはミサキにアイコンタクトをする。頷いた彼女は、サクラの手を握った。
ヒカルが走り出すと、彼女たちも走り出す。ベルの横を抜けて、炎の壁を超える。食らった火傷ダメージの回復に、サクラが走りながら杖を振りかざした。
「ちくしょう……あの剣かなりの値段したのに……」
走りながら武器への早すぎる別れに、涙が出てくる。
「あぁ……武器へのお別れってことなんすね。真剣に言うから何かと思ったっす」
「あほか! 貧乏人の俺にとったらとんでもない痛手なんだよ!」
「店売りじゃないっすか」
「だったらお前が買ってくれるのか!?」
ヒカルの言葉にミサキが走りながら少し考える。
「それはいやっすね」
「ケチが!」
そんな軽口を言うヒカルたちの背後から、爆発するような音が聞こえた。地面を揺るがす振動に、三人は体勢を崩しかける。
「ぶち殺してやるぞ舐めたガキども!」
背後から追いかけてくるは、下半身が蜘蛛化したベル。アラクネという怪物に酷似していた。
「うわ! 花粉めちゃくちゃ巻き取らしながら追ってくるっす!」
「ひゃ、ひゃあああ! 怖いです!」
二人の叫びが木霊する。そのさらに後ろから、壁を崩しながらベルは迫ってきていた。まき散らされた花粉は黄色いカーテンとなっており、もう後戻りできないことを示している。
「激怒っすよ、あれ!」
「とにかく走れ!」
倒れる柱を避け、瓦礫を乗り越え、走り続ける。花粉に当たれば一発アウトの追いかけっかだ。ヒカルの心臓は極限まで大きくなっていた。
通路の奥先に、光が見えた。暗闇を照らすそれは、天の助けのように思える。
「あそこだ!」
三人は駆け抜ける。敷居を潜った先は屋敷の寝室だった。後方から聞こえてくる大きな音が、ベルが壁に激突した音だと気付いたのは、数秒してからだった。
彼女の体は大きすぎて、入り口をくぐれなかったらしい。
崩れ落ちた瓦礫を見ながら、ゆっくりと尻餅をついた。向こうからはもう入ってこれそうにない。
「逃げ切ったっすか?」
息を切らしながらミサキが崩れた瓦礫を見つめていた。
「わ、私たちずっと走ってる気がするです……」
膝をつきながら、サクラは呼吸を整えている。
ミサキがゆっくりと瓦礫を覗き込んだと同時に瓦礫が崩れて、隙間ができた。そこからベルの手が伸びて、彼女の腕を掴む。
「逃がすかぁ、ガキども!」
「う、うわわ! 助けてっす!」
慌てるミサキの肩を後ろに引いて、ベルの手を蹴りつけた。ベルの怒りの声が聞こえてきたが、無視して瓦礫を崩して穴を埋める。
「た、助かったっす」
「……油断すんな」
「わ、わかったっす」
ミサキが胸をなでおろしているのを見やる。その後サクラに手を伸ばし、立ち上がらせた。
彼女の顔は恐怖で少し歪み、手も震えている。
「……大丈夫か?」
「は、はい……いつまでも足手まといではいれませんです」
彼女が気合を入れるように小さくガッツポーズを作る。その姿に、ヒカルは苦笑を浮かべた。
「それでここって屋敷の中なんすよね?」
寝室を見回すミサキに続いて辺りを見回す。近くにカーテンがあったので開けてみると、かつてヒカルが草むしりをしていた中庭が見えた。
「そのようだな」
「それじゃあ早速何があるか見てみようっす!」
ミサキが元気よくそう宣言する。




