第十二話
「……ミサキちゃんはどうなったです?」
ゆらゆらと近寄ってくるサクラになんて言ったらいいか分からず、顔を逸らす。
「……殺したです?」
その声に、部屋の臭いさえ遠くになった気がした。
今更ながらに、手汗をかいたような感覚を受ける。
「殺したですか!?」
涙目のその叫びは、部屋中に響く。ヒカルは答えることができないまま、彼女の顔を見ることができなかった。
今更ながら、罪悪感が再び襲ってくる。ヒカルの尻尾の揺れは止まった。
「……取り敢えず、ここから出る方法を探そう」
話題をそらすように、ヒカルは口を開く。
実際問題、再びあの下水道を通る気にはなれなかった。いや、本当に帰れないのならその方法しかないのだが。
しかし総じて、帰るのが困難なダンジョンには、帰還用の道を用意されているはずだ。
部屋をよく見ると、一角にはしごが用意されていた。登ってみると上部に出口のようなハッチがある。手をかけ力を入れる。
『ここから出ると、再び戻ることはできません』
そのウィンドウを見たとき、ほっと胸をなで下ろした。つまり、ここから出ることができるということだ。
開けると月夜が広がっていた。丁度屋敷の真後ろの木々の間の草に隠されるようにハッチは接地されていた。そこから這い上がり、久しぶりの外の空気を肺いっぱいに吸い込む。
そこでやっと自分自身も臭いシャツを着ていたことを思い出した。
サクラは無言で出てきた。いつまでもその場で泣き崩れると思ったが、やはり臭い環境にいるのは嫌だったらしい。
黙って立つ彼女との距離が、妙に開いているのは気のせいではないだろう。
二人が出るとハッチは一人でに閉じてカチリと音がした。これで誰もまたあそこに入ることはなくなった。
サクラのほうを少し見てから、視線をそらす。
「……村に戻ろうか?」
言うと、彼女はコクリと無言で頷いた。
気まずさが風とともに吹き抜ける。薄暗い中を、ヒカルは歩き始めた。数歩遅れた先に、トボトボと彼女がついてくる。
居心地が悪くなって、尻尾の先が揺れてしまう。
ミサキのことを口にしようとしたが、それは慰めにもならないと思って思いとどまった。どの口が言うてるのかとなりかねないからだ。
村の中央についても、サクラはまだ無言だった。顔を俯かせたまま、喋らない。
ここでお別れしようと、彼女の方へ振り向く。直後──
「おーうい、サクラ! ここにいたっすか?」
聞き覚えのない声が聞こえてきた。その声を聞くとサクラは顔を上げ、声の主を探すように周囲を見回す。
赤いツインテールの少女が満面の笑みを浮かべて近寄ってくる。サクラの顔は嬉しさでほころんで涙を流していた。
二人は両手を合わせ、その場で飛び跳ねていた。
「もう、ミサキちゃん、心配したんだから!」
「ごめんごめん。なんか分からないっすけど、教会で目が覚めて……何があったんすか?」
訳がわかっていなさそうなミサキにサクラが一生懸命説明をしている。その姿を見て、ヒカルは胸をなで下ろした。
やはり、ゲーム運営から直接殺すように仕向けることはさすがにないよなと肩の力を落とす。
しかし、同時にここのゲームの開発者への不信感も強まる。
つまるところ、死なないなら際どいことをしてくる可能性はまだまだあるってことだ。
物語が停滞する限り、また起こすぞと脅されているような気がした。このゲームにいる誰もが、人質になり得るのだ。
説明を聞き終わったミサキが、こちらに近寄ってきた。赤い瞳で見つめて、頭を深々と下げる。
「うちのこと助けてくれてありがとうっす」
「……いや、たまたまだ」
「たまたまでも、あのままだったらずっと半殺し状態だったっす。だから、ありがとうであってるっす」
彼女の真剣な瞳に見つめられ、恥ずかしさから視線をそらした。尻尾は気恥しさを表すように揺れている。
サクラもミサキの隣に並んで、頭を下げた。
「わ、私も改めてお礼を言わせてくださいです」
「……わかった受け取っておく」
そう言うと、二人の少女は笑顔を咲かせる。
「……もう、変なことに巻き込まれるなよ?」
「分かってるっす! ……といってもあれは不可抗力だと思うっすけど」
そのミサキの苦笑にそれはそうだと心の中で答える。
村の中央で別れると、ヒカルは彼女たちが見えなくなるまで見送った。二人は何回も振り返りながらこちらに手を振る。
楽しそうに消えていく彼女の後ろ姿を見ながら、尻尾をゆっくりと揺らす。
一人になったヒカルは、改めて背中を伸ばした。少し晴れやかな気分になって気持ちがいい。
そこに臭ってくる自分のシャツに、眉間にしわを寄せる。
やはり報酬もらったほうが良かったかなと、少し後悔した。
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