第十一話
プレイヤーに干渉するクエスト。そんなことが許されるのだろうか。
開発者の設計思想に歯噛みする。
もしこれが他の場所でも行われているのだとしたら。もしこれが他のプレイヤーにも知られたら。
恐怖は伝播し、プレイヤー間の攻略する速度は下がってしまうだろう。
プレイヤーに攻略されたくないのか。それとも別の設計思想があるのか。どちらにしてもいい気はしない。
ヒカルは腰に提げていた鞘から剣を抜く。剣先を『汚染された冒険者』に向ける。
横の桜は、呆然とした様子で座り込んでいた。彼女の回復支援は期待できないだろう。
敵の動きは緩慢だった。纏わりついているヘドロが、彼女の動きを阻害しているようだ。
手を伸ばし、歩みだしても崩れ落ちそうに傾く。それはまるでこのダンジョンのボスとは到底思えない姿である。
『汚染された冒険者は、第七の柱の力から抵抗しています』
表示されたウィンドウを見て、そういうことかと納得する。
このボスは未完成だ。そして設計者はわざとここに配置している。それはきっと、この世界に散らばる謎のほんの一欠片を見せるために。
このゲームを作った人物はこう言っているのだ。「自分の作ったストーリーをクリアしてみろ」と。
それならば、初心者村で大騒ぎになりかねない行方不明事件を出したのも納得がいく。このクエストを何としても見つけてほしかったのだ。
「……癪だな」
手のひらの上で転がされているようで、少しムカつく。しかしそのうえで、クリアしてやるとノることにした。
「ミサキ……だっけ? 悪いな」
うめき声を上げて手を伸ばしてくる魔物に向かって、駆け出した。
レベル2だとしても、彼女の攻撃を避けるのは容易い。最も、一撃でも当たったら体力が削られてしまいそうだが。
飛んでくるヘドロから身を躱して、胴体を切り裂くように剣を振った。彼女の体を覆っていたヘドロが周囲に飛び散る。
しかし、『汚染された冒険者』の動きは止まらない。攻撃を食らっている様子もない。
──こういったボスの特徴だな。
大体泥を纏うボスを倒すには、核となる部分を攻撃する必要がある。その核となるのは恐らく……。
チラリとサクラのほうを向いた。目が合うと、彼女の瞳が揺れているのに気づく。
口が何をする気と動いたような気がした。
震える心を攻撃を躱しながら消し去る。自分と彼女らは関係のない赤の他人だ。
このボスの核となるのは恐らくミサキである。彼女を殺してしまえば、このボスも倒した判定になる。
そこに行き着いた時、少し手が震えた。人を殺せと背中を押されているようで、恐怖が鉛のように足を止めようとしてくる。
それでもヒカルは、相手の首部分を薙ぎ払う。
ヘドロが飛び散って、ミサキの顔が顕になる。
赤い髪をツインテールに結んだ少女だ。長い睫を持つ目は、閉じられている。か細く動く口は、艶がある。
彼女の顔を見た瞬間、喉の奥が鳴る。再び人を殺すという罪悪感が背筋を這う。
これはゲームだ。そう言い聞かせながら、柄を握り直した。彼女が攻撃する前に、剣を再び振るう。
赤いポリゴンパーティクルが周囲に飛び散った。彼女の身体が赤い光となって散った。ヘドロも地面に吸い込まれるように消える。
『プレイヤー︰ミサキを救出しました。善ポイントを少し付与します』
『クエスト︰力の代償を継続します』
『クエスト︰メイドからのお願い、その1をクリアしました』
『メイドがクエスト報酬の100000ルーンが用意しています。受け取りますか?』
一気に表示されるウィンドウに眉根を寄せる。
善ポイントというものは、多分カルマ値みたいなことだろう。オンラインゲームではよくあるプレイヤーキルへの代償値みたいなものだろう。善ポイントはその逆といったところか。
ヒカルが気になったのは、最後のメッセージウィンドウだ。
初期のクエストにしてはあまりにも高すぎるし、受け取るか受け取らないかを聞いてくる必要があるのかと勘ぐってしまう。
報酬メッセージをタッチして、情報を開示する。
するとメッセージウィンドウがさらに表示された。
『この選択は後戻りできません』
そういうことかと、ヒカルは受け取らないことを選択する。
直後、次のメッセージが現れた。
『クエスト︰メイドからのお願い、その2が受けられなくなりました』
『メイド長の好感度がマイナスを振り切りました。関係修復は不可能です』
『クエスト︰力の代償が継続されます』
つまるところ、あの報酬は口止めと言う名の罠だったということだ。中々どうして、この世界は作り込まれているなとヒカルは口の端を吊り上げる。
彼女の尻尾は、楽しむように揺れていた。




