第百十五話
元の場所に戻るまで、少し時間がかかった。しかし、思ったよりも楽に帰ってこられたことに安堵する。
「無事だったですか!?」
木の影からサクラが顔を出した。そのまま彼女は周囲を確認するように見回してから、素早く近づいてくる。
「あぁ、何とかね」
「まったく、心配したですよ!」
「ごめんごめん」
上目遣いでどこか泣きそうになっているサクラ。その彼女に割り込むように、ミサキがサクラの手を握った。
「ごめんっすよ!」
そのままブンブンと腕を振り回してから、彼女は少ししてサクラを力強く抱きしめた。
「え、えっとミサキちゃん?」
困惑するサクラの視線から、ヒカルを隠すようにミサキは動いた。
「心配させてごめんっす!」
体を離し、彼女の肩に手を置いた。
「う、うん……ミサキちゃんが悪いわけじゃないですし」
「あはは、まぁあれはビビったっすよね」
「ところで回復するです?」
サクラが杖を振りかざすと、ミサキの削れていた体力が戻っていく。小さくありがとうと彼女がつぶやいた。
「ヒカルも回復するです」
そのあとミサキを追い越してサクラはヒカルに近づこうとする。瞬間、彼女はサクラの服の裾を握った。奇妙な行動に、二人の視線がミサキに集まる。
自分が何をしたのか気づいたのか、慌てて手を離してから、苦笑いを見せる。
「な、何でもないっす。回復してあげてほしいっす」
どこか変な様子のミサキに、サクラは首を傾げていた。
サクラがヒカルへ近づくと、彼女は回復魔法を唱えた。体力が満タンになり、やっと一息つけると尻もちをつく。
伸びるヒカルの尻尾は、跡をつけるように地面を擦っている。
「それにしても、よく無事だったです」
「まぁ、魔物の方はサファイアウルフが主だから襲っては来なかったね」
「称号のおかげです?」
彼女の言葉に、ヒカルは頷いた。
「だけど、吊り橋を落とした奴が何もしてこなかったのは賭けだったね……」
「吊り橋……誰かが落としたです?」
「そうっす!」
二人で話していたところに、割り込むようにミサキが大きな声を出した。
サクラとヒカルの間に入り、彼女は人差し指を立てる。
「吊り橋の縄は遠距離狙撃で誰かに切られたみたいっすよ!」
その言葉の意味を理解すると、サクラは肩を跳ね上がらせた。
「つ、つまり誰かに狙われてるですか!?」
「それがそうとも限らないっす」
狙っている人がユウェイルの仲間だとするなら、オレンジになってないプレイヤーを直接殺すようなことはしないだろう。
ヒカルが説明したことを、ミサキはそのまま得意気にサクラへと伝える。
彼女の顔を見ると、にししと笑顔を返された。
ヒカルは肩をすくめ、そのまま立ち上がる。彼女は切れた吊り橋をへと近づく。
「危な──」
「危ないっすよ?」
サクラが言うよりも先にミサキが大きな声を出して、近寄ってきた。
「いや、まぁ身を乗り出さなければ大丈夫だ。それに、これを撃ったやつはもう近くにはいない気がするんだ」
ロープを引っ張って、切れた箇所をミサキへと見せる。彼女は手に取って、不思議そうにそれを見つめていた。
「もういないってどういうことっすか?」
「……いや、予測でしかないけど、まぁ俺たちは弄ばれたってことなんだろうな」
「……許せないっすね。もし、そいつと戦うときがあったら、私が弓勝負で勝ってやるっすよ!」
「はっはっはっ! 無理だな!」
大きな声で否定されたことによって、ミサキは顔を真っ赤にして頬を膨らませた。
ヒカルの揺れている尻尾をギュッと掴む。
「な、何すんだよ!?」
思わぬ感触に、ヒカルは少しだけ飛び上がった。自身の尻尾を抑えながら、ミサキのことを恨みつける。
尾てい骨が引っ張られ、背筋を虫が這い回るような、気味の悪い感覚だ。尻尾にこんな感覚があるなんて知らなかった。
「何するはこっちのセリフっすよ! やっぱり、人の気持ちわかってないっすね!」
「事実を述べただけだろ!?」
「事実だとしても、フォローするのが仲間ってものじゃないっすか!?」
言い争い始める二人に、遠くから見つめていたサクラはクスリと笑う。
「仲直りしたですね」
「どこが!?」「どこがっすか!?」
重なった声に、思わず二人はしかめっ面を作る。
鼻を鳴らしてから、お互い顔を背けた。
そんな二人の姿を、サクラは少し遠くから羨ましそうに見ていた。しかし、ヒカルが気がつくことはない。
少し歩いてからサクラがついてきていないことに気がついて、ヒカルは振り返る。
「さっさとクエスト達成させて帰るぞ」
「そうっすよー!」
その言葉に乗るように、彼女はあとから追いかけてきた。




