第百十四話
「ミサキ、ちょっと周りの様子を見てくれないか?」
「え? ヤダっす」
振り返ると、彼女に断られた。笑みを向けられる。
彼女の様子は、何か別の言葉を期待しているように聞こえる。
「……なんだ?」
「人にお願いするときは、くれないかじゃなくてお願いしますっすよ?」
「……」
ミサキの顔をジーッと見つめられ、ため息をつく。
「私はヒカルが思ってるような良い子じゃないっすから。お願いされないと動かないっす」
「……当てつけか?」
「真実を言っただけっすよ」
どこか楽しそうなそれでいて意地の悪そうな笑みを彼女は浮かべている。
尻尾を一度揺らして、ヒカルは大きく肩を落とした。
「分かった。ミサキのほうが索敵ステータスが高いから、周りの様子を見てほしい。お願い」
「任せるっすよ」
彼女はそう言って軽々と木の上に登っていく。
何か彼女の様子が変わった気がする。言語化はできないが、根本的な何かが。
しかし、考えていても仕方ないので連絡不能エリアを抜けた確認も含めて、ヒカルは個人チャットを開いた。
『サクラ:大丈夫です!?』
サクラに連絡を取ると、すぐに反応があった。彼女はどうやら無事なようだ。
何かあのあと起こっていないかと聞いたが、何もないと返してきた。取り敢えず、身を隠して待っているようにと伝える。
あの吊り橋が落ちたのは偶然の出来事ではない。誰かが意図的にロープを切って落としたのだ。
それも遠距離からの狙撃で。
相当厄介な相手だと歯噛みする。なぜなら的のでかいプレイヤーを狙わずに、細いロープをわざわざ狙ったわけだから。そこからにじみ出てくるのは、底意地の悪さもある。
まだ、直接殺してくれたほうがスッキリするというものだ。
「ヒカル!」
耳元で叫ばれて、思わず肩を跳びはねさせた。いつの間にかミサキが近くに寄っていた。
「な、なんだよ?」
「なんだよって、ヒカルが周りを探ってほしいって頼んだんじゃないっすか」
不服そうに頬をふくらませる彼女。悪かったって謝ると、フンと顔をそらした。
「それで、何を考え込んでいたっすか?」
腕を組みながら、彼女はチラリとこちらを見る。
「いや、長距離狙撃の正体をな」
「長距離狙撃……?」
「吊り橋のロープを誰かが矢で切ったんだよ」
そのことをいうと、彼女は驚いたような表情をした。どうやら、気がついていなかったようだ。
「……あれ、事故じゃなかったんすね?」
「一回ならまぁ、流れ弾の線も無きしもあらずって感じだったけどな……ロープは二本とも切られた」
「……何が目的っすか?」
彼女の問いに、ヒカルは肩をすくめる。
「俺が知るかよ。でもまぁ、少しは心当たりがある」
そう言うと、彼女はじっとこちらを見つめてくる。どうやら、続きを話すのを待っているようだ。
「ユウェイルを殺した矢。そして、カイザーを撃ち抜いた矢。その二つはどっちも長距離狙撃だった」
「つまり今回も……」
「可能性はあるな」
もしそうだとしたら、自分たちはずっと何者かに狙われてるのかもしれない。そんな気配が、ヒカルの背筋を伝って鳥肌を立たせる。
身震いしていると、ミサキはヒカルに向かって指をさしてきた。
「狙われてるなら、もう安全圏から出ないってことっすか?」
その質問には、言外にまた逃げるのか? と問われているような気がする。
「まさか、そんなんが怖くて安全圏に閉じこもっててゲームを楽しめるかよ。俺は、安心したいんじゃなくてこのゲームを楽しみたいんだ」
その答えにミサキは拍子が抜けたような顔をした。また言い争う気満々だったんだろう。
「じゃあなんであのときは逃げたっすか? 目の前の敵は、プリンやカイザーの仇だったかもしれないっすよ?」
「仇だからといって、戦ってたら俺の弱さならベルやルシを守れなかっただろ? ベルが死ねば物語が大きく変わるって俺は以前にシステムから警告されてるんだ」
「憎い相手から逃げるのは悔しくないっすか?」
「悔しいって前も俺は言ったよな? でも、感情に振り回されて未来の道が閉ざされる方が俺は嫌だ。挑発に乗って楽しめなくなるくらいなら、俺は恥を選ぶ」
その言葉にミサキは笑顔を見せた。それはどこか女の子らしい笑顔だ。
少し考えてから、彼女は頬を赤らめる。
「どうやら、私はヒカルのことを勘違いしてたみたい……」
そう呟いてから、さらに指を突きつけた。
「私は許したわけじゃないっす! でも、これからもついていくことに決めたっす!」
「え? やだよ面倒くさい」
「ちょ! そこは、嬉しいって答えるところじゃないっすか!?」
怒るミサキを置いていきながら、ヒカルは川沿いを進んでいく。
落下地点へは、もう少しだけかかりそうだ。




