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第百十一話

 森の中を歩いても歩いても目当ての薬草は生えていない。初心者の村では、町から出て数秒で採れるほどのものであるのにだ。

 やはり、気候変動で色々とおかしくなっているのがわかる。ここに生えている別種の薬草は効能が違い、また違う効果になってしまう。

 町からの供給はしばらくないため、繋ぎのために採取してきてほしいというのが、今回の教会クエストだった。


「まぁ、でも生えているところ教えてくれるだけましか」

「どうやら、フェンリアルに聞いたみたいです」

「……なるほどそういう設定になってるのね」


 サクラがヒカルの言葉を聞いて苦笑した。持ってる杖を、固く握りしめている。

 ピクリとヒカルの尻尾が動く。遠くから鳥が飛ぶような気配を感じたからだ。振り返り、空を見上げた。


「……なんすか?」


 いまだ不機嫌なミサキがこちらを怪訝な表情で見つめてくる。


「いや、なんか誰か他にいる気がして」

「またそう言って逃げ出すんすか?」


 ミサキのその言葉に、思わずムッとしてしまう。

 

 鳥が飛んだということは、彼らにとって普段とは何か違うことが起こったということだ。つまり、この森で何かが起きている現象かもしれない。

 そういったことを説明する気がなくなり、ヒカルは大きくため息をついた。


「……逃げねぇよ。少なくとも、今日は逃げるほどのことでもない」

「信じられないっすね」

「……まぁまぁ」

  

 サクラの止める声に、お互いの言葉が止まる。空気はよりギクシャクしたまま誰も喋ることはなくなった。


 今日は逃げない。それは状況判断から出た本心だからだ。

 復活地点に設定されているのは、ベルの故郷の村だ。今はたった三人で重要なNPCが死ぬ恐れもない。

 復活のライフが一つ削れるのは痛手だが、それも一週間で直る。


 死なないのが一番だが、今回はそこまで気を張る必要もない。


 この前と前提条件が違うのだ。


 ユウェイルが邪魔してきたとき。あれは逃げなければならなかった。ベルのためにもルシのためにも……何より自分が進めている物語のためにも。


 あのときにちらついたのは、『ベルが死んだらこれからの物語に大きく影響する』というウィンドウの文字。


 だからあのときは死ねなかった。


 そのことをミサキに説明したとして、納得しないだろう。彼女と自分が見ている景色はまったくの別物なのだ。


 ミサキのことをチラ見して、再び大きくため息をつく。


「一体なんなんすか!」


 彼女が苛立つように言い放った。腕を組み、その場に立ち止まる。


「私が邪魔なら邪魔って言えばいいじゃないっすか!」

「……違う」

「即答できてないあたり、邪魔ってことっすよね!」


 ミサキはズイッと、ヒカルへと顔を近づける。彼女の瞳は、間近で揺らめいている。


「分かったす。このクエスト終わったら別れようっす」

「み、ミサキちゃん!?」

「サクラも好きな方について行っていいっすよ? 私は私で自分の力で攻略を目指すっすから」


 それだけ言い放ち、彼女はズンズンと進んでいく。


 サクラはヒカルとミサキを見比べて、困ったような表情を浮かべた。立ち止まるヒカルをしばらく眺めてから、慌ててミサキを追いかける。

 ヒカルはというと、大きく肩を落として尻尾を揺らす。なんて言っていいのかわからず、後頭部をかきむしる。


「……そうだな」


 彼女たちに聞こえない声で呟くと、歩くのを再開する。


 このまま一緒にいたところで、価値観の衝突は収まらない。ならば、ここで別れたほうがお互いのためだ。


 ベルやルシはストーリーラインであるヒカルについていくだろう。サクラはミサキと一緒に行動するだろうか。アキとルーフェルはどうするのだろう。

 アキあたりは呆れて離脱しそうではある。ルーフェルはヒカルよりも弱いサクラがいるほうを優先させそうである。


 この村を最後に、ヒカルは現実の人間たちと関わる機会がなくなることを覚悟する。

 やはり、ゲームは一人で楽しむものだ。他の人間たちが関わってきたのなら、それだけで感情の衝突が起こってしまう。そんなものは、ゲームの楽しさに不要だ。


 どこか自分の心うちに言い訳してるように聞こえて、ヒカルは嫌になった。ただ、ひと言こう言えばいいのだ。


「これからは一緒に行動しなくてせいせいする」


 その言葉はミサキたちに届くことはなく、雪の中に埋もれていった。


 彼女たちから遅れること数歩。周りを警戒しながら歩いているヒカルの耳に、水の流れる音が届いてくるようになった。それはこの先に大きな川があることを表している。

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