第百十話
「それじゃあ行くです」
張り切ってるサクラは拳を突き上げていた。ヒカルとミサキはお互い顔を見合わせて、小さく息を吐く。
「サクラ、何か無理してるように見えるのは気のせいか?」
「……そうっすね」
二人の間にはギクシャクするような空気が流れる。
サクラが進んでいく間も、黙ってついていくしかなかった。
三人で教会のクエストを受けて善ポイントを稼ぐことにした。カルマ値を下げるもの。こちらは一回だけでは完全に上げきることはできない。
それでも、何もしないよりはマシである。
ルシが昏睡している今、することないということでサクラのカルマ値を回復させることにした。ついでにミサキを殴ろうとしたときに上がったヒカルのカルマ値も回復させる。
集めるのは、薬草。どこにでも生えているものだが、この雪の世界では生えてる場所は限られているという。
杖を握りしめて前を行くサクラの肩に手を置いて、彼女を後ろに下がらせた。
「危ないから下がってろ。前衛は俺が行く」
その言葉にサクラは驚いた顔をする。ミサキからは鋭い視線を感じた。
「ふーん、サクラは守るんっすね」
どこか不貞腐れたように彼女が言う。
「何言ってんだ? 俺は前衛職、サクラは回復役。だったら、回復役を守るのが鉄板だろ?」
「はいはい合理合理。それが一番いいからそうしろってことっすよね?」
「じゃあ回復役がやられたらどうするんだよ?」
「そういうこと言ってんじゃないっすよ」
言い合いをし始めたためか、サクラが間に入って両手を広げた。
「ストップです! 久しぶりの三人でのクエストですから、仲良くするです」
「……ちっ」
「はぁ」
二人が返事をしないことに、サクラは悲しそうな顔をする。しかし、ヒカルは反応してやる気にもなれなかった。
進んでいくのは森の中。普通ならサファイアウルフが襲ってくるが、称号効果のおかげで穏やかな道中が続く。
ミサキがまた唇を尖らせながら、不服そうに口を開く。
「二人はいいっすよね。そんな称号をもらってて」
「そうだな」
「……っなんなんっすか?」
「なんもねぇよ。むしろお前がなんなんだよ?」
二人の会話は続かない。どころか、口を開けば喧嘩腰になる。
そんな二人を、サクラだけは悲しそうに見つめていた気がした。
※※※※※※※※※※
ラインスロットは、鼻歌を歌う。
自慢の長弓の弦を引っ張り、感触を確かめる。
「ユウェイルの野郎が、必死になって殺したがってた奴らがどんな奴かと思ったガ……。すーぐに圏外に出てくるとか馬鹿じゃねぇノカ?」
大量の狼の死体が積み上がっている。その上に座り込み、彼は楽しそうに観察する。
「……ちょっとちょっかいかけてやろうと思ったガ」
数キロ先の視界には、険悪の雰囲気の三人の少女が見える。そのうちの悪魔族の少女は忙しなさ気に尻尾を揺らしていた。
「これは俺の一押しで面白くなりそうダナ」
口の端を歪めて、もう一度弦の張り具合を確かめた。
彼の得意とするのは超長距離射撃である。右目にはめている目玉は、古代文明の戯骸をつけている。いわゆるユニークアイテムの一つと言われるそれは、半径二キロ以内なら好きなところを見ることができる。
持っている効力はただそれだけで、弓の腕としては純粋なラインスロットの腕となっている。
『猫宮圭:何してるのです? 死んだユウェイルの代わりに、「クロス・オーソード」を破滅させるのを手伝う予定をすっぽかしたのですか?』
仲間の猫宮からの個人チャットに、ラインスロットは舌打ちをした。
「少しくらい玩具で遊ばせてくれヨ」
『猫宮圭:ダメなのです。放っておくといつまでもお前は来ないのです』
「下部組織のやつもいるし、他の奴らもいるだロ? トリストの奴はどうしタ? あいつなら、暇だロ?」
『猫宮圭:トリストはまたあまり連絡がつかないのです』
そのチャットが返ってきて、ラインスロットの右目はピクリと痙攣する。面白くなさげに深くため息をついた。
目の前にはモルドレルドが一度直接相手したうえにユウェイルを暴走させた面白い玩具がいるというのに、あれやれこれやれと指図されるのは面白くない。
「この世界は現実じゃないんだからサァ!」
ラインスロットは空に向かって吠えるように言う。彼の声に驚いて、近くの鳥が飛んでいった。
「色々押し付けられる世界にはもううんざりなんだヨ! あれを終わらせたら、次はこれやれ! これを終わらせたら、次はそれをやれ! 永遠に終わらない仕事は現実だけで充分だロ!」
彼の叫びはチャットで打ってないため、猫宮圭には届かない。
まだ彼女が呼びかけているチャット欄を無理矢理閉じた。
「少しくらい、遊ばせてもらうゼ」
嗤う彼が見つめるのは、ヒカルたち三人の姿だ。




