第百八話
ミサキの部屋の前に来て、気が重くなる。なんで俺がという気持ちと、彼女の機嫌を直さないとという気持ちがせめぎ合った。
ノックをしようとして、少し躊躇する。尻尾を苛立ちを示すように縦方向にブンブン振る。
大きく息を吐き出して、三回ノックする。
返事はない。
しばらく待ってみたが、彼女は一向に顔を出そうとはしなかった。
また再びノックする。しかし、やっぱり返事はない。
ベルからはミサキが出てきたところを見てないと言っていたので、中にいるのは確実だ。
意識的に無視しているのだろう。
今度は強めにノックする。
ドアの前で待つこと十数秒、ゆっくりと開いた。顔を覗かせたのは、膨れっ面のミサキであった。
「なんすか?」
「ちょっと話すように言われてな」
その言葉に、彼女は驚いたような顔をする。
「ヒカルさ──ヒカルから話そうと思ったわけじゃないんすね?」
余計に膨れる彼女に、ヒカルはそうだと言った。
「じゃあ話すことはないっす」
閉めかけたドアの隙間に足を入れて、止めた。
「ミサキの機嫌が直らないと、俺が怒られるんだよ」
「だったら、怒られればいいっすよ」
「それだと俺が困るだろ」
その言い方に、ミサキは涙目になってこちらを睨んできた。
「謝るとか言って、謝る気ないじゃないっすか!」
彼女の震える声に、大きなため息をつく。
「俺は悪いと思ってないからな。むしろ謝るべきなのはミサキだろ?」
「なんで……なんで私が謝らないといけないの?」
「お前が矢を放ったから、余計にややこしくなったからだろ!」
目を見開き、彼女は下唇を噛み締める。震える拳を握りしめ、ヒカルのことを睨んでくる。
「当たり前じゃない! あいつは、カイザーもプリンも殺したかもしれないプレイヤーなんだよ!? 他にも色々犠牲になったかもしれないんだよ!? それから逃げるなんてありえない! 立ち向かうべきだった!」
「あそこで立ち向かってたら、全滅してただろ!」
「それでも! 私はヒカルが剣を抜いてくれると信じてた!!」
その言葉は宿屋中に響き渡る。
接客のNPCがこちらを見つめている気がするが、止まらない。
「お前は俺をなんだと思ってんだよ!」
「無理だと思っても立ち向かう人! 正義を貫く人!」
「そんな人間じゃねぇよ!! そもそも、あそこで立ち向かってたら、俺たちプレイヤーはともかくベルやルシ──NPCはどうなってたか想像したか!?」
「……っ!」
言い淀みミサキの視線が揺れる。
「これはゲームじゃない! デスゲームだ! やり直しはきかない!」
「でも、NPCには命はない! それはヒカルも散々言ってきたことでしょ!?」
「でも、ベルとルシはただのNPCじゃないだろ! 物語に重要で、守る存在だ!」
「そんな物語のために、正義を蔑ろにするの!?」
「するよ! 何回もいうがこれはデスゲームだ! 物語を進めないと、一生外に出れないんだぞ!?」
ヒカルとミサキの呼吸は荒くなっていく。しかし止まらない、止められない。
「でもすでに死んだ人たちもいる!」
「だったら何だ!? 俺たちはまだ生きてるんだぞ!?」
「それでも、悔しくないの!? やられっぱなしで、そこから逃げて! 結局は他の人の手によって倒されて! 自分で復讐したいと思わないの!?」
その言葉に頭に血が上り、ヒカルはミサキの頬を叩こうとした。しかし、ここは安全圏内ですというウィンドウメッセージが邪魔をする。
同時に、あなたの暴力行為が住人に見られていますというメッセージが出てきて、カルマ値が付与されてしまう。
ミサキは信じられないという顔をしながら、殴られかけた頬を抑えていた。
「悔しくないかって? 悔しいに決まってるだろ!」
拳を握りしめ、ヒカルは言い放つ。
「俺は、あいつに痛めつけられたんだ! 圏内で髪を鷲掴みにされて、顔面を地面に擦り付けられたんだ! 自分の手で倒したかったさ!」
「だったら……!」
「でも、感情を優先したところで、解決できないだろ! あいつは強い! 俺なんかとは埋められない差があるんだよ!」
ミサキは黙りこくってしまった。そのまま、俯く。
「そんなの……知らない」
そのままヒカルの体を強く押した。よろけた瞬間に、彼女は強くドアを閉める。
再びドアを叩いたところで、彼女は出てこなかった。
ドアの前で舌打ちし、しゃがみ込む。頭を抱えて、尻尾を揺らす。
だから人間と関係を持つのは嫌なんだと呟いた。
「……どうしたです?」
聞こえたサクラの声に、ゆっくりと顔を上げる。彼女は不思議そうな顔でこちらを見つめている。
「泣いてるですか?」
言われて初めて、自分が涙目になっていることに気がついた。




