第百七話
この村で真っ先に出来上がったのは宿場だ。働く人の泊まるところがなければ、復興もできない。
ヒカルが宿屋に入ると、女将が軽く挨拶をしてきた。
この村では、クエストクリア報酬として、ヒカルたちは施設をただで使い放題ということになっている。
宿屋のエントランスでは、ベルが座っていた。彼女はいつものメイド服で背筋をピンと伸ばしている。机に置いてあるのは紅茶だろうか。
「ベルはここにいて良いのか?」
声をかけると、彼女はゆっくりと振り返った。彼女は無表情で首をかしげる。
「別に私がどこにいようが関係ないと思いますが」
「いや、てっきり秘密基地にいると思って」
そのヒカルの言葉に、彼女はあぁと小さく答える。
「いつまでも過去に縛られてたら、成長はしませんから」
その答えに思わず笑ってしまった。
「……なんですか?」
「いや、ベルがいうと説得力がないなと思って」
その正直な言葉に、彼女は顔を真っ赤にする。表情は崩れなかったが、手がわずかに震えていた。
カップをゆっくりと机に置き、小さくため息をついた。
「ヒカルはよく、女心がわかってないと言われませんか?」
「……そもそも人付き合いが姉くらいだったからな」
「あぁ、それで……」
納得したように彼女は言う。
「……なんだよ?」
「ミサキへのフォローに来るのがあまりにも遅かったので」
「……っお前も説教かよ?」
ベルが再びこちらへと向く。赤面はすっかりと消えていた。
「……てことは、誰かに言われてやってきたのですね?」
「アキに言われたんだよ。面倒くさいと思ったなら、話をしてこいって。無視すると怒られそうだったし」
「てことは、あなたはまったく悪いと思ってないんですね?」
尋ねられ、尻尾を揺らして考える。思い返しても、ヒカルが悪い要素は一つもない。あそこではあれが最善だった。こっちが謝る必要はない一ミリもない。
「ま、私はあなたの判断が間違ってたと思いませんよ」
「……だよな?」
「肯定してるわけではありません。ただ、事実を述べてるだけです」
その言葉に、ヒカルは黙らざるを得ない。
「でも、仲間の感情を支えるのはあなたの役目じゃありませんか?」
「役目じゃねぇよ」
その冷たい言い放ちに、ベルは「そうですか」としか言わなかった。
彼女は再びカップを持ち、口をつける。
「俺はそんな役目を背負った覚えはない。ただ、この世界を楽しんでただけだ」
「あなたが何を楽しんでるのか知りませんが、あなたが言うのならそうなのでしょうね。でも、周りはそうは思っていないということですよ」
ベルの言い方に、ヒカルは苛立たしげに尻尾を揺らす。
「周りの認識と自分の認識はズレるものです。あなたがそうは思ってなくても、周りが勝手に中心に添えるのですから」
「……そんな勝手な」
「勝手ですよ? 人間はいつだってどこだって勝手です」
その言葉に、NPCのアラクネである彼女の重さが募っている気がする。
少しして、何をNPCにまで説教されているんだと深い溜め息をついた。システムにすら言われたい放題にされるとは、とんだ屈辱的だ。
「あまり私の言葉が響いていませんね」
「そうだな」
「ま、私はあなたに何回も助けられていますし、これからもあなたについていくことにしてるのは変わりありません」
脚を組み、ベルはため息一つつかない。
「でも、一緒に地獄へ道連れは勘弁してもらいたいですね」
その瞳の色には、どこか責めるようなものがあった。
居心地が悪くなり、ヒカルは話題を変えることにする。
「ルシはどうなった? まだ眠ったままか?」
その話題転換に、ベルは大きく肩を落とした。見せつけるような態度に、思わず舌打ちを鳴らしそうになる。
「えぇ、彼女はまだ寝たままです。どうやらかなり消耗してるみたいで」
「あのとき、彼女は何をしたんだ?」
「さぁ、分かりません。ただ、あのユウェイルという男は、確実にこの世からいなくなったと思いますね」
ヒカルもそんな気がする。
何やらウィンドウを見て、驚いた顔をしていた。その内容がもし、ゲームの根幹を揺るがすものだとしたら……──
考えようとして、頭を振ってやめた。そんなことになったらどうせ手に負えないのだ。今考えるべきことは、長距離狙撃は誰が行ったかということである。
カイザーたちも殺したあの長距離の矢の攻撃。あれがプレイヤー側だとしたら、ずっと見られていたということになる。そして、十中八九モルドレルド側の人間だ。
つまり、ユウェイルは仲間に用済みとして殺された可能性が高い。
「頭が痛くなってきた」
熱が出かけて、思わず額を抑える。今、ミサキのことで悩んでる場合ではない。余計にそう思う。
そんなヒカルの心に、アキの面倒くさいからこそという言葉がもう一度聞こえた気がした。




